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明けない夜の向こう側 第三章 3 

櫂を見る陸の、変わらぬ黒目勝ちの瞳が、ふっと細くなった。

「……にいちゃ。郁人寝てるみたいだよ」

「そうか。背中で揺られたからかな」

周囲に人のいないのを確かめて、櫂は切り出した。

「……あのな、陸。正直に言ってくれ。おれはずっと心配でならなかったんだ。望月に何もされてないか?」

「望月は……にいちゃが医者になってから、おれに手を出さないんだ。にいちゃが偉くなったって思っているのかな。前は……何か分からないけど……変だった」

「変?」

「あちこち撫でまわしたりしてたんだ。触診って言ってたけど……違うと思う。病院の検査とは違うもの。恐ろしいこと言いながら、おれの腹やちんこ、触ったりしてた」

「そうなのか!?あの野郎、陸に……っ」

背筋をびりびりと怒りと悪寒が走る。
すぐにでも陸を連れて、この家から立ち去りたい衝動に駆られる。
しかし、医師になったばかりの櫂は、まだ時期尚早と何とか思い直した。

「にいちゃ、おれが告げ口したなんて言っちゃだめだよ。たぶん、望月先生は郁人につきっきりなせいで嫁さんもいなくて欲求不満なんだ。だから、おれ、気持ち悪くても我慢してたんだ」

きっぱりと言い切る陸に、櫂は少しほっとした。

「そうか、欲求不満か。大人の事情も分かるようになったんだ。男前だな、陸」

「おれだって、いつまでも子供じゃないよ」

「余計な苦労させてごめんな、陸。おれの方が陸に助けられてる」

「そんなことないよ」

褒められて、陸ははにかんだ。

……本当は、腹を這う手が櫂の手だったらと考えて我慢した陸だった。
物心ついた時から、ずっと傍に居た優しい櫂が、誰よりも何よりも大好きだった。
もしも、櫂に求められたら……と考えて、すぐにそんな不埒な思いを打ち消した。
純粋に自分を愛してくれる櫂に、邪な気持ちは欠片もないとわかっていたから。
決して口にしてはいけない思いだった。

実際は望月にいいようにされるのが辛くて、何度も家出しようとして失敗したことを櫂は知っている。
見かねた笹崎が実は……と、内密に打ち明けてくれたのだ。
逃げ出した陸が、広い中庭を突っ切って走り、鍵のかかった門扉の前で櫂の名を呼んで泣いていたと笹崎は告げた。
望月医師の性癖については、以前にも連れ込まれた庭師の子供が大泣きして騒いだこともあり、他の使用人たちも知っていたようだ。
時折、虚しく抗う陸の声が、か細く廊下に漏れて、手をこまねく周囲は胸を詰まらせていたらしい。
笹崎に抱かれて連れ戻された陸の夜着の釦は飛び、肌にはいくつも赤い吸痕が散っていた。
申し訳ないと、笹崎は櫂に頭を下げた後、最上家令に報告をした。

「最上さん……もう限界です。他の使用人にもなるべく二人きりにしないようにと言ってありますが、用が済んだら出て行くようにと言われるらしいです。望月先生は陸さまをまるで自分の持ち物のように扱っているんです……その……性的な意味も含めてです……陸さまがお可哀想です。何とか手立てはありませんか」

「望月先生にはそう言った性癖があるのは知っているよ。望月の家でも持て余しているのだろう。勘当状態だと聞いている。都合よく、放蕩は華族の嗜みのようにうそぶいてているが、困ったものだ。奥様の弟でさえなかったら、旦那様に事実を告げてさっさと叩きだしたいところだ」

「郁人さまのためとはいえ、ひどすぎます。何とかなりませんか?このままでは、陸さまがどうにかなってしまいます」

「わたしに心当たりがある。なるべく早く手を打つとしよう」

そう言った最上家令が裏で奔走し、後日、サロンで偶然を装って望月に元華族の男色の青年をあてがったと笹崎は聞かされた。

「戦前のようなサロンが、まだあったのですか?」

「まあ、あるところにはあるということだね。望月はわたしの見つけて来た元華族の青年に夢中だ」

「華族……ですか。それはまた、望月先生の好きな血統の良い相手ということですね」

「乾杯したグラスを落として指を切ったところに、運よく望月先生が居合せて手当てをしたんだよ。まるで、運命のように良くできた話だろう?」

「ヴィオレッタと、アルフレッド(オペラ・椿姫の主人公)の出会いの場面ですか?お相手に高級娼婦を探してくるとは、さすがは最上家令ですね」

望月は知らないが、連れ歩いている美貌の青年は、戦後華族制度が崩壊した時、家が没落し行方不明になっていたのを最上家令が探し出した。
働く術を持たない身内を何人も抱え、食わせるためにやむなく地方の妓楼で春をひさいでいたという。
噂がどこまで真実かはわからないが、当時の苦界には、食い詰めた深窓のご令嬢やご令息の成れの果てが大勢いたらしい。
栄養不良のように痩せていて、まるで少年のようだった青年に夢中になった望月は、人目もはばからず常にどこかに触れて青年を困らせて楽しんでいた。
シャツの前立てから指を差し入れて肌に触れたり、下肢に手を伸ばしゆっくりと上下させる。望月の部屋から上気した顔で青年がふらつきながら出てくるのを見た使用人もいた。
髪と着衣の乱れから、情事の後なのだろうと容易に推測でき、鳴澤家の使用人は眉をひそめた。

最上家令は青年の落籍(身請け)を請け負ったうえで、月々ある程度の金額を渡す代わりに、恋人のふりをしてくれるように青年に依頼した。

「万一、望月先生が君に暇を出すようなときは、わたしが必ず鳴澤家の使用人として雇い入れるから安心してくれたまえ。会社の方に入れるように一筆書いてもいい。今後の面倒は任せてくれないだろうか。御母堂の療養も鳴澤家が力になる」

「……この地獄に、蜘蛛の糸が下りて来るとは思いませんでした。ありがとうございます……」

夜ごと性病の罹患に怯えながら、男達に組み敷かれるよりも、一人の相手をした方がましですからと青年は震える声で応じた。




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望月のやつ~……(; ・`д・´)←

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「ごめんな、陸……」「ん」

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