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愛し君の頭上に花降る 16 

部屋に残された秋星は、夜が明ければ荷物をまとめて屋敷を出て行こうと思った。
祥一朗に別れを告げられた以上、このまま鳴澤家に逗留する理由がない。
自分は祥一朗の愛妾となるべく、この家に来たのだから。
祥一朗と別れた詳細を報告するために最上家令の部屋を訪ねた秋星は、再び涙することになる。

「そうですか。ご自分から別れを切り出されましたか……」

「はい。あの方は仕組まれた出会いの事も何もかもご存じのようでした。瀬津との昔話をしたわけではないのですが、彼の所へ行くようにと言われました……隠しきれなくてすみませんでした」

「お気になさらず。望月先生は誤解されることも多いですが、実際は心根のお優しい、感の良いお方ですよ。華族のお生まれでさえなければ、もっと楽に生きられたはずです。華族だから、こうあらねばならないと思う自負心が重い枷となって、本来の自分を封じ込めたのでしょう。結城さんがこの屋敷に来てからは、穏やかな昔の望月先生に戻ったようで、わたくしども奉公人も喜んでいたのですが……仕方ありませんね」

「力及ばず申し訳ありません……良くしていただいたのに……」

力なく侘びの言葉を口にする秋星に、最上家令は意外な言葉をかけた。

「こうなることは……薄々、予想はしておりましたよ。あの方は誰かと恋愛をしても、いつもご自分から離れておしまいになりますから……。お相手に縋らないのは美学なのかしれません。こちらも何も申し上げたりはしませんが、時々もどかしく思うことがあります」

「それは……?」

「何度か愛する方を失くしたことがあって……おそらくご自分に自信が御有りにならないのでしょう。家柄は申し分なくとも、その他に恵まれてはいなかった……という事です。望月先生がお話にならない以上、わたくしから申し上げるべきではないと存じます」

「ぼくは……出会いはどうでも、祥一朗さんとはうまくやっていけると思っていました。あの方は、とてもお優しいです……何気ない言葉の端々に、いつも労わりが込められていました。ここに来る前に、ぼくが何をしていたか……ご存じだったと思いますが、侮蔑も軽蔑もされたことはありません。だから、ぼくは……時々……何をしても許されるのではないかと、誤解してしまったんです。見放されても、文句など言えません。瀬津が現れて、乱れた心を見透かされてしまったんだと思います……」

「結城さんの事を、心から愛されたのだと思いますよ。あなたにとって最良の道をお考えになったとわたくしは思います。望月先生があなたに望んだ願いです。幸せになりなさい、結城さん」

「……ああ……」

秋星はその場に膝をつき、顔を覆った。
なんと不器用な生き方しかできないものか。
祥一朗の鎧の下に隠されて、決して表に現れない深い慈愛を、別れを告げられた今になって知った。
怜悧な横顔を他人に向け、崩れることのない硬質な自尊心だけを生きる頼りにして、彼はこれからも理解されることを求めないで孤高に生きてゆくのだろうか。

「さようなら……祥一朗さん」

いつかあなたも誰かと幸せになってください。
そんな日が来るようにと、そう祈らずにはいられなかった。




火 木 土曜日更新の予定です。
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