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愛し君の頭上に花降る 17 

秋星との別離に傷付いた祥一朗は、自室に引き籠り、家令の心配をよそに毎夜、葡萄酒を呷って(あおって)いた。
どれ程飲酒しても、酔えなかった。
元々、それほど酒に強い質ではないし、酒が過ぎて不始末を起こしたことも一度や二度ではない。
いつか庭師ともめた時、しっかりするようにと最上家令に釘を刺されてから、飲酒は控えていたのだが、さすがに秋星との別離が堪えていた。
抱き合って眠っていたときには、狭いと感じていた寝台がやたらに広く、手を伸ばしても、そこに秋星の身体はなく冷たい敷布に触れるばかりだ。

「秋星……参ったな。これほどぼくはきみに依存していたのか」

グラスを重ねても、止める優しい手はもうそばにない。
過ごした日々を忘れようにも、瞼を閉じれば、誠実そうな同級生に抱かれて微笑む秋星の姿が見えた。

「……秋星……もういないんだな……」

空いてしまった葡萄酒の瓶を無雑作に小机に転がせば、携帯用の医療鞄に当たった。

「いつも持ち歩いているんですか?」

不意に秋星の声が聞こえたような気がした。

「そうだよ。ご婦人の抜歯痛はクロロホルムで抑えるんだ……この瓶に入っている。こうやって……」

ゆっくりと小瓶を手に取ると、清浄綿に浸した。
鼻腔に当てると、薬液の微かな甘い芳香に目眩が襲う……
酩酊していた祥一朗は考えもなく銀色に光るケースを開けると、ガーゼに包まれたメスを手に取った。
意識が朦朧としたまま握った鋭い刃先は、光沢のある夜着の上を滑った。

「君との出会いが巧妙に仕組まれたものだとしても、構わなかった……愛していたよ。……秋星……心配はいらない。そんな顔をすることはない。痛みは何も感じないんだ……少し、熱いだけだ……」

戸締りを見て回っていた小間使いが、扉の隙間から明かりが漏れているのに気づいてそっと覗き込み、屋敷中に響く悲鳴を上げた。

「きゃあああっ!誰か!誰か来て……望月先生が!」

大学病院から帰宅していた医師の鳴澤櫂は、血だまりを作って倒れ込んだ祥一朗のもとに駆け付け、すぐに応急処置を施した。
手元が狂ったせいで動脈を逸れ、事なきを得たが、失血のせいでそれから長い間祥一朗は貧血症に苦しみ、寝台から起き上がれなかった。
結城秋星と祥一朗を引き合わせた最上家令が、責任を感じて心を痛め、真摯に世話をしたが、祥一朗の気鬱は長く晴れなかった。





火 木 土曜日更新の予定です。
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