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小説・初恋・1(入学式) 

明治。

・・・それは、愚かな血の歴史を終えた幼い国が、自分の足でおずおずと歩き始めた時代。


一握りの自尊心の高い人種が、頂点に君臨していた。

私立華桜陰(かおういん)高校は、明治14年次代のエリートを育むために、三人の豪商と如月侯爵の寄付によって新設された。


今を盛りの桜並木と、真新しい豪奢なヨーロッパ風の建物に迎えられ、湖上颯(こじょうはやて)と、連れの芳賀清輝(はがきよてる)は、高揚する気持ちを抑えかねていた。


「すごい・・・。まるで西洋の城みたいですね。」


「つい、この間まで西南の役だったのに・・・。」


建物に圧倒される新入生を横目に、何台もの黒塗りの人力車と馬車が、次々に脇を通ってゆく。

颯は、ふと擦り切れた自分の革靴に気が付き、一人苦笑した。


周囲を見渡しても格好だけ見れば新入生の中で、浮いているに違いないと思う。


両親や、連れて来たお付の小姓にかしずかれた新入生は、真新しい誂えの洋服と上等の和服を着たものが多く、颯の一張羅は父が渡欧した折のものを譲り受けた古いものだった。


清潔ではあったが、颯の身なりはどちらかというと粗末と言ってもいいくらいのものだった。


誇り高い華族と限られた富豪の子息だけに許された、私立校への入学は、本当なら今の自分には不釣合いなのかもしれないと思う。

私立華桜陰高校は、高等学校令に基づく教育機関である。


何しろこの学校の卒業資格を持つものは、公立と同じく、全員学部さえ問わなければ帝国大学へ入学を許される。


約束された栄光の道を歩むため、颯は狭き門を越え、一身に一族の期待を背負って、晴れの日を迎えた。


学習院のように、華族無試験で入れるところもあったが、自由な校風を求めて試験の難しい華桜陰高校を目指した。


全国に学校が増えてきた当時、多数の財界人がこぞって文化人として名乗りを上げるように寄付をした。


中学の校長が推薦してくれたおかげで、幸運にも颯は奨学金をもらえる事になったのだ。


だから入学式で、隣から


「野良犬のにおいがする。」

と、言われても耐えた。
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