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小説・初恋・2 

私立華桜陰高校は、高等学校令に基づく教育機関である。


何しろこの学校の卒業資格を持つものは、公立と同じく、全員学部さえ問わなければ帝国大学へ入学を許される。


約束された栄光の道を歩むため、颯は狭き門を越え、一身に一族の期待を背負って、晴れの日を迎えた。


学習院のように、華族無試験で入れるところもあったが、自由な校風を求めて試験の難しい華桜陰高校を目指した。


全国に学校が増えてきた当時、多数の財界人がこぞって文化人として名乗りを上げるように寄付をした。


中学の校長が推薦してくれたおかげで、幸運にも颯は奨学金をもらえる事になったのだ。


だから入学式で、隣から


「野良犬のにおいがする。」

と、言われても耐えた。

自分で何一つ、稼いだことのない輩に何を言われても平気だった。


選ばれた華族という特権と身分に固執する者は多かったが、颯は渡欧経験のある自立心旺盛な父に感化されて育った。


維新前から早くに髷を落とし、祖母を泣かせたという父は当時にしては珍しく、颯の語る将来にも耳を傾けるような人間だった。


ただ、実のところ湖上伯爵家が傾いたのは父の友人の借財を背負ったのが原因で、何事にも父に甘かった祖父がさすがに激怒したのを颯も覚えていた。


もう少し待てば、1886年には、華族には財産の差し押さえから逃げられる(言葉を悪く言えば借金踏み倒し法)「華族世襲財産法」と言うものができる。

だが、颯の祖父は潔かった。


「天網恢恢祖にして漏らさず」
そう一言告げて、父に生前分与された山林のおかげで父の友人は首を括らずに済んだのだった。


幕末の動乱を、血刀を提げて生き抜いてきた男は強かった。


財産はかなり減ったものの颯の家は、新政府に三代続けて貢献したれっきとした伯爵家であったし、だからこそ奨学金を貰っても、お付きを同伴できる華族としての入学を許されたのだ。

湖上颯は、この先の大いなる立身を夢見ている。


心の中で唇をかみ締めて、共に来た同級生の芳賀清輝の不安そうな顔に、心配するなとうなずいた。


父の借財で傾いた湖上家を建て直し、自分が卒業した後は年の離れた弟妹の身が立つようにしてやらねばならない・・・。


小作の年貢を上げるより、いっそ財産を処分した方が良いと迷うことなく言った尊敬する祖父母に、自分の将来を見せたかった。


連れの清輝は、元々は湖上家の抱え医師の家柄だった。


高校を卒業したあとは帝大に進み医者になるのが夢だという。


彼らの前途は、光と希望に満ち溢れ、洋々としていた。
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