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小説・初恋・4(事件前夜) 

初めての寄宿生活は少しばかり不安だったが、幸い清輝と同部屋だったので颯はほっとため息をついた。


「清輝が自分でぼくの小姓(日常の世話係)だなんて、名乗ったからかな。」


「世が世なら、湖上のお抱え医師の家系ですから、当然です。」


そういうのを失くすために、明治の代になったのに時代錯誤だと颯は笑った。


それにしても・・・この部屋の広さ。

「荷物が少ないと、片付けるのが楽でいいね・・・というと、負け惜しみに聞こえる?」


「ええ。」


昼食は、荷物を片した後、階下の大食堂で同級生と取る事と決まっていたが、特待生には多少の自由な例外はあるようだった。


案外、良家の子息といっても興味本位なのは、庶民と何ら変わりないと知る食堂での風景。


まだ、どんな人物がそこにいるのか見えないので、颯と清輝は噂話だけ小耳に挟んでいた。


想像通り、話は先ほどの壇上の麗人の話に集中していた。

「挨拶をした如月奏って、創始者の如月侯爵の孫なんだろう?」


「そうらしいね。」


「小姓二名の部屋とは別に、続き部屋のついた特別室らしい。」


存外、そのくらいしか情報は無いらしかった。


「彼らは、明日からの授業の心配などはしないんですかね。颯さま。」


外国語が苦手な清輝にとっては、そちらの方が大問題だった。


小声で不満げに囁いた。

「颯さまはいいですよ。

父上と普段から勉強されてましたからお手の物でしょう。」


「ぼくには、モンテスキュウ教授の顔が天狗に見えて怖いです。」


なれぬ手つきで、洋食器の上のスズキの切り身と格闘しながら、ナイフ、フォークの使い方は練習の甲斐あって何とかさまになっていた。


颯は幼馴染の清輝が、一緒に居てくれてよかったと思う。


近くの公立のナンバー高校に、推薦で入学が決まっていたのを辞退して、華桜陰についてきてくれた。


「そうだ。ぼくはまだ清輝に、一緒に来てもらった礼を言ってなかった。」


「守役として当然の事をしたまでです。」


「ひどいな。ぼくにはまだ守役が必要なのか?」


「その分、英語とドイツ語の手助けをしてください。」

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