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小説・初恋・39(それぞれの道) 

狂人は、精神病院に送られることなく、田舎の領地にある別邸に押し込められることになった。


湖西に拾われた白菊が、どこまでも供をすると言い張り、願いは聞き遂げられた。


白菊にとって、湖西は周囲がどういおうと命の恩人で、お側に居たいと頑なに言い張った。


「修羅の戦場から、馬上に引き上げられた時の御恩を思うと、離れることなど出来ません。」

「殿様が奏さまにどんなひどいことをしても、僕だけは、殿様に救われたのです。」


奏は、決して一人で側に行かないようにとだけ告げ、祖父を託した。


ほんの気まぐれに孤児に掛けた憐憫の情が、湖西を晩年の孤独から救うことになった。

こうして如月侯爵は、表向き隠居という形で体面を守られ、スペイン風邪に倒れるまでの数年を別邸で過ごすことになる。


「ここで、お別れいたします。お爺様。」


狂気と正気の境目がつかぬまま、引導を渡された如月老人は「そうか・・・」とだけ、呟いた。


いつか、この日が来ることを予期していたかのような静けさだった。


伸ばしかけた指を、もう最愛の孫に掛けることなく降ろし、湖西は白菊と獄となった別邸に消えた。


奏の上に何年も君臨した、雷神のような男の終焉だった。

手のひらに、金細工の流麗な細工を施された小柄を転がしながら、颯は刃先の短さに気づいていた。

「ほら、清輝。何でこんな細工をしたんだと思う?」


「きっと彼なりに、心から愛して居たんでしょうよ。

誰にも渡したくないほどに。」


そこにあるのは、奏の部屋の片隅に転がっていた湖西のものだった。


実際の小柄よりも刃渡りがかなり短く、おそらく肌を裂くくらいしか出来ず、護身用にもならない飾り物だと思う。


元々、小柄自体殺傷能力に長けたものではないと、武家出身の颯は知っていた。


「よく言うじゃないですか。食べてしまいたいほど可愛いって。」


「ふん・・・分かった風なことを。」


口ではそういいながら、血に執着するというのは、そんなものなのかもしれないと思う。

愛し方を知らない者同士の、寂しいいびつな関係は終わった。


湖西は求めるあまり、愛するものを死の縁にまで追い詰めて、息絶え絶えにさせていると、気が付かなかったのだ。


閉じ込めた美しい奴隷に、芳しい花弁を降らし続け、圧死させてしまった愚かな古代羅馬の皇帝のように。


事件以後、何事もなく高校生活を全うして、彼らはそれぞれの道を行く・・・
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