小説・初恋・31
ばんと、唐突に扉が開いた。
「奏さま!」
一瞬不愉快そうに、眉がひそめられた。
視線は、テーブルの上の茶器に向けられていた。
「喉が渇いたので、白雪に所望した。
留守に勝手に押しかけて、悪かった。」
何も悪いとは思っていないから、颯の声は当然明るい。
「いえ。どの道、あなたに使いをやるつもりでした。」
小姓に向き直った。
「・・・気の利かぬことだ。」
「白雪、茶菓子は?」
「あ。帰りに虎屋に寄って参りました。」
ぱたぱたと、隣の部屋に菓子折を取りに小姓は走り、颯は思い出して、上着の合わせから懐紙に包んだものを取り出した。
「ほら。」
「如月、口をあけて。」
「え?」
「いいから、ほら。干菓子だ。」
ぽんと、何気なく口許に放り込まれた、上品な和三盆の甘さが奏を戸惑わせた。
「・・・僕はあなたに、干菓子が好きだといった覚えは有りませんが・・・。」
「違ったか?・・・征四郎の好物だから如月も好きに違いないと踏んだのだけど・・・」
「・・・征四郎とは、どなたです?」
清輝は、また颯が余計な物言いをするのではないかと、内心、兢々(きょうきょう)としていた。
「国許にいる弟だ。
いつも後ろをついてきて、とても可愛らしいんだ。
如月を見ていると、思い出す。」
清輝は、どうかそれ以上言わないでくれと天を仰いだ・・・
「おいくつになられます?」
「着袴の儀を終えて、4つになったばかりなんだ。」
ああ・・・
終わった・・・。
清輝は、過日の惨憺たる有様を覚悟したが、驚いたことに、奏はくすりと笑った。
「そうですか。
僕を4歳の子供のようだとおっしゃるんですね。」
「では、あなたを兄上とお呼びしなくては。」
いつもの不遜な奏とは、少し様子が違っていた。
「如月。君、何かあった・・・?」
元々、色は白かったがその顔は蒼白になっていた。
異変に気付いた白雪が、虎屋の饅頭を床に取り落とした。
「何も。・・・あなたのような、兄上なら欲しかったですよ・・・」
「・・・父・・・上の声を・・・」
ふっと力が抜けたように、奏が崩れた。
うさぎの形の白い饅頭が、足元の血溜まりに転がった・・・
「如月!?」
「奏さまっ!」
扉からずっと、点々と血の飛沫が続いていた。
抱きとめた颯の両手がしっとりと染まるほど、わき腹の辺りから出血していた。
「何があった、如月。誰に、やられた?」
固く閉じられた睫毛は、微動だにしない。
「校医を呼んでこよう。」
清輝が、急いで出て行った。
当時はまだ新政府に、不満を抱くものも多く、要職に付いたものなどはしょっちゅう襲われていた。
小さな諍いも多く、突然身分を剥奪された士分の不満は多かった。
そのような輩が、如月を襲ったと言うのか・・・?
ありえないとは言わないが、可能性としては低いと思う。
もし、襲われるのなら何の権力も持たない孫の奏ではなく、侯爵の方ではないのか?
しかも、奏が一人で外出するとは思えなかった。
「奏さま!」
一瞬不愉快そうに、眉がひそめられた。
視線は、テーブルの上の茶器に向けられていた。
「喉が渇いたので、白雪に所望した。
留守に勝手に押しかけて、悪かった。」
何も悪いとは思っていないから、颯の声は当然明るい。
「いえ。どの道、あなたに使いをやるつもりでした。」
小姓に向き直った。
「・・・気の利かぬことだ。」
「白雪、茶菓子は?」
「あ。帰りに虎屋に寄って参りました。」
ぱたぱたと、隣の部屋に菓子折を取りに小姓は走り、颯は思い出して、上着の合わせから懐紙に包んだものを取り出した。
「ほら。」
「如月、口をあけて。」
「え?」
「いいから、ほら。干菓子だ。」
ぽんと、何気なく口許に放り込まれた、上品な和三盆の甘さが奏を戸惑わせた。
「・・・僕はあなたに、干菓子が好きだといった覚えは有りませんが・・・。」
「違ったか?・・・征四郎の好物だから如月も好きに違いないと踏んだのだけど・・・」
「・・・征四郎とは、どなたです?」
清輝は、また颯が余計な物言いをするのではないかと、内心、兢々(きょうきょう)としていた。
「国許にいる弟だ。
いつも後ろをついてきて、とても可愛らしいんだ。
如月を見ていると、思い出す。」
清輝は、どうかそれ以上言わないでくれと天を仰いだ・・・
「おいくつになられます?」
「着袴の儀を終えて、4つになったばかりなんだ。」
ああ・・・
終わった・・・。
清輝は、過日の惨憺たる有様を覚悟したが、驚いたことに、奏はくすりと笑った。
「そうですか。
僕を4歳の子供のようだとおっしゃるんですね。」
「では、あなたを兄上とお呼びしなくては。」
いつもの不遜な奏とは、少し様子が違っていた。
「如月。君、何かあった・・・?」
元々、色は白かったがその顔は蒼白になっていた。
異変に気付いた白雪が、虎屋の饅頭を床に取り落とした。
「何も。・・・あなたのような、兄上なら欲しかったですよ・・・」
「・・・父・・・上の声を・・・」
ふっと力が抜けたように、奏が崩れた。
うさぎの形の白い饅頭が、足元の血溜まりに転がった・・・
「如月!?」
「奏さまっ!」
扉からずっと、点々と血の飛沫が続いていた。
抱きとめた颯の両手がしっとりと染まるほど、わき腹の辺りから出血していた。
「何があった、如月。誰に、やられた?」
固く閉じられた睫毛は、微動だにしない。
「校医を呼んでこよう。」
清輝が、急いで出て行った。
当時はまだ新政府に、不満を抱くものも多く、要職に付いたものなどはしょっちゅう襲われていた。
小さな諍いも多く、突然身分を剥奪された士分の不満は多かった。
そのような輩が、如月を襲ったと言うのか・・・?
ありえないとは言わないが、可能性としては低いと思う。
もし、襲われるのなら何の権力も持たない孫の奏ではなく、侯爵の方ではないのか?
しかも、奏が一人で外出するとは思えなかった。
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