小説・初恋・34(初恋)
婚約者に、危険が及ぶかもしれないと聞き、颯はひたすら星龍号を走らせた。
葦毛の馬は一目散に、故郷を目指す。
星が瞬く頃、やっと懐かしい領内に入って、一息ついた。
目指す芳賀の家に駆け込むと、水を与え、無理をさせた馬に詫びた。
星龍号は、うっかり奏に観賞用などといってしまったが、自分の馬のようにとてもよく駆けた。
今はまだ不埒な輩は、いないようだ。
「あら、颯さま・・・?」
聡子の無事な姿に、思わず脱力した颯・・・
「今時分、どうなさったの?」
「何か・・・あっ・・・」
颯は思わず、聡子を引き寄せた。
「良かった、無事で。」
椿油の芳しい香りが、豊かに鼻をくすぐる。
緩く髪を編んだ聡子は、以前と何ら変わらない姿で、奏の思い過ごしだったらと思う。
失血でふらつきながら、急げと言った奏の叫びは今も耳に残る。
だが、思い過ごしなどではなかった。
安堵も束の間、ふいにわらわらと、刀を持った数人の男が庭先に現れる。
今時、刀を下げているのは士分にこだわる侍の生き残りだけだ。
聡子の母親が、勝手口で悲鳴を上げた。
「慮外者っ!」
聡子を背中に回し、颯が手にしたのはそこにあった庭箒だ。
「離れないで下さいね。」
「はい。」
息をつめて、聡子は颯の背中に張り付いた。
「その方等。ふとどきな振る舞いの、後ろ盾も知れていると思えっ!」
颯の怒声に一瞬、無頼の輩はたじろいだ。
「北辰一刀流免許皆伝、湖上颯。
いささか腕に覚えがある故、お相手仕る。」
黒い布で顔を覆った男達は、正眼に構えた颯の剣幕に押された。
だがじりじりと、ゆっくり間合いが詰められてゆく。
多勢に無勢、しかも颯の背には聡子がいるのだ。
たとえ死んでも聡子を守らねば、清輝に合わせる顔がない・・・と、観念した。
ぱん!
膠着した、両者の足元に弾着した。
「時代遅れの、名乗りですな。颯さま。」
「清隆。」
「狼藉者などに、武士の情けは無用です。
こういう輩には、飛び道具で卑怯に応戦すべきです。」
湖上家が小藩だった頃からの藩医、芳賀家当主が短銃を構えて手前の男を狙った。
「去ぬるか、向かうか、自由にして構わん。」
「言っておくが、鉛玉は痛いぞ。」
「・・・引けっ!」
こうして男達は去り、説明は後日と言い置いて、再び颯は騎乗の人となった。
まさか本当に奏の言うとおり、聡子の命を狙うものを如月老がよこすとは、思いもしなかった。
本当に、奏の祖父は狂人なのだろうか・・・
しかも何故、自分の婚約者が狙われるのだ・・・?
たった一度招かれた、如月家の夜会での出来事は、誰に聞いても不都合なものではなかったはずだ。
突然いわれのない悪意の攻撃を受けて、颯は未だ混乱していた。
無法者を撃退し、颯は柔らかな愛する人に再会を約束し、もう一度来た道をひたすら駆けた。
・・・そして今。
寄宿舎には白雪の想像通り、華桜陰高校創始者、如月湖西の姿があった。
葦毛の馬は一目散に、故郷を目指す。
星が瞬く頃、やっと懐かしい領内に入って、一息ついた。
目指す芳賀の家に駆け込むと、水を与え、無理をさせた馬に詫びた。
星龍号は、うっかり奏に観賞用などといってしまったが、自分の馬のようにとてもよく駆けた。
今はまだ不埒な輩は、いないようだ。
「あら、颯さま・・・?」
聡子の無事な姿に、思わず脱力した颯・・・
「今時分、どうなさったの?」
「何か・・・あっ・・・」
颯は思わず、聡子を引き寄せた。
「良かった、無事で。」
椿油の芳しい香りが、豊かに鼻をくすぐる。
緩く髪を編んだ聡子は、以前と何ら変わらない姿で、奏の思い過ごしだったらと思う。
失血でふらつきながら、急げと言った奏の叫びは今も耳に残る。
だが、思い過ごしなどではなかった。
安堵も束の間、ふいにわらわらと、刀を持った数人の男が庭先に現れる。
今時、刀を下げているのは士分にこだわる侍の生き残りだけだ。
聡子の母親が、勝手口で悲鳴を上げた。
「慮外者っ!」
聡子を背中に回し、颯が手にしたのはそこにあった庭箒だ。
「離れないで下さいね。」
「はい。」
息をつめて、聡子は颯の背中に張り付いた。
「その方等。ふとどきな振る舞いの、後ろ盾も知れていると思えっ!」
颯の怒声に一瞬、無頼の輩はたじろいだ。
「北辰一刀流免許皆伝、湖上颯。
いささか腕に覚えがある故、お相手仕る。」
黒い布で顔を覆った男達は、正眼に構えた颯の剣幕に押された。
だがじりじりと、ゆっくり間合いが詰められてゆく。
多勢に無勢、しかも颯の背には聡子がいるのだ。
たとえ死んでも聡子を守らねば、清輝に合わせる顔がない・・・と、観念した。
ぱん!
膠着した、両者の足元に弾着した。
「時代遅れの、名乗りですな。颯さま。」
「清隆。」
「狼藉者などに、武士の情けは無用です。
こういう輩には、飛び道具で卑怯に応戦すべきです。」
湖上家が小藩だった頃からの藩医、芳賀家当主が短銃を構えて手前の男を狙った。
「去ぬるか、向かうか、自由にして構わん。」
「言っておくが、鉛玉は痛いぞ。」
「・・・引けっ!」
こうして男達は去り、説明は後日と言い置いて、再び颯は騎乗の人となった。
まさか本当に奏の言うとおり、聡子の命を狙うものを如月老がよこすとは、思いもしなかった。
本当に、奏の祖父は狂人なのだろうか・・・
しかも何故、自分の婚約者が狙われるのだ・・・?
たった一度招かれた、如月家の夜会での出来事は、誰に聞いても不都合なものではなかったはずだ。
突然いわれのない悪意の攻撃を受けて、颯は未だ混乱していた。
無法者を撃退し、颯は柔らかな愛する人に再会を約束し、もう一度来た道をひたすら駆けた。
・・・そして今。
寄宿舎には白雪の想像通り、華桜陰高校創始者、如月湖西の姿があった。
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