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小説・初恋・35 

如月湖西は、怪我をした孫を病院に移すという名目で、護衛を連れ4頭立ての馬車でやって来ていた。


校医の見立てでは、腰の傷は、全治に二週間程度かかるだろうということだった。


出来ればちゃんとした病院で、傷をふさぐ手術をしたほうがいいと勧められたが、それはそのまま奏を移動させる口実になる。


「聞き分けのない事を言うものだ。

このままここで、傷が悪化したらどうするんだね。」


湖西の口調は、恐ろしいほど優しく、有無を言わせない。


「ここで、死んでも構いません・・・」


奏の声に、空気がぴんと凍った。

「・・・奏一郎。」

「何を言うね?」


左の手が、細い首にかかった。


「全ての領地を、お前が継がねばならぬのに。」


ぎりと力を込めて首を押さえ込んだまま、湖西の右手は懐を探った。


「あ・・・」


体重を掛けられ、息がつげなくなって、奏は喘いだ。


「下賤の者におもねる辛さを知らないで、わたしに逆らうとは。

・・・きつい仕置きが必要だな、奏。」


「・・・ひっ・・・ぃ・・・」


潰されかかった喉笛が、悲鳴をあげた。

出し抜けに白雪が叫んだ。


「殿さまっ!」

「奏さまを、御放し下さいっ!」


湖西の懐から抜かれた精緻な金細工の小柄が煌いて、そのまま奏の胸元に達する寸前、「ぱん!」と乾いた銃声が響いた。


何が起こったか信じられない顔で、湖西が振り向いたとき、そこには両の手で短銃を固く握りしめた白雪が居た。


銃口から、薄い硝煙が立ち上る・・・


何があっても、ひたすら仕えるだけの忠義な白雪の行動が信じられず、湖西はふと腹を見た。


滴る血を認めて、そのままゆっくりと、倒れこむ・・・

「白雪・・?おまえ・・・」


「こうするしか・・・こうするしか・・・」


歯の根が合わず、全身が瘧(おこり)のようにかたかたと震えていた。


未遂に終わったが、主殺しの大罪を犯した白雪は、護衛に瞬く間に押さえ込まれ、湖西の側に引き立てられた。


「殿さまっ・・・すべて奏一郎さまの、ご遺言でございます。」


湖西は腹部に銃弾を受けて、仰向けにどうと倒れていた。


「・・・奏一郎の、遺言だと・・?」


「奏さまを、お守りするように。」


「殿様をお止めするようにと。」


「奏一郎・・・」

狂人の目には、光るものが有った。

如月老人は護衛に、これは銃が暴発したのでしかるべく届けをするようにと、告げた。


「白雪・・・おまえは、良い小姓だ。」


束の間、如月侯爵が正気に戻ったのは運がよかったというべきなのだろうか。


馬車で病院に運ばれた湖西は、命を取り留めたが年齢も考慮され、そのまま奏に爵位を譲り隠居することになった。


何より、白雪が人殺しにならなくて良かったと、急ぎ戻った颯も息をついた。


撃たれた本人が暴発させたと言うので、白雪に咎めはなかったが、ずいぶん思い切ったことをするものだと、颯と清輝は唸った。
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