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小説・初恋・41 

「そりゃあねっ、源氏の古えより初恋は報われないものと、決まっていますけど。」


「もう少し、優しくしてくれたって良いじゃないですか。」


「あんなにお慕いしてるのに、奏さまが、お可哀相です。」


「あの頃の奏さまにしてみれば、自分のことで精一杯で聡子さまをお助けするなんてご器量、本当はなかったんですからねっ。」


「颯さまったら、ちっとも、わかってやしませんっ。」


茶器を並べて、紅茶を入れながら白雪は不機嫌に文句を並べていた。

「すまないね。」


「うわ・・・あ。は・・やてさま。」


清輝だと思って散々、陰口を叩いていたが、そこにいたのは本人だった。


手元からポットが滑り落ち、派手に割れた。


「も、申し訳ございません。」


「いいよ。火傷しなかった?」

そんな言葉通り、本当はいつも颯が誰よりも優しいと白雪は知っていた。

あまりの醜態に真っ赤になってしまった白雪を、そのまま洗面台に引っ張ってゆき、盛大に水を流しながら、颯は鏡に向かって言った。


「癒えてないんだろう、如月の傷。」


「え?・・・いえ、もうすっかり。」


「違う。こっちの方だ。」


颯は軽く拳で、自分の胸を二、三度叩いた。

はっと、突かれたように白雪が颯を見上げた。


「颯さま。」


「顔を見れば、分かるさ。仕事を出しにして、あれはずっと眠ってないんだろう。」


いつからだと、颯は聞いた。


「奏さまが、眠れなくなったのは、殿様を荼毘に付してからです。」

「同じ血が流れているのが、怖いとおっしゃって・・・」


「そうか・・・。

それでも白雪には言えるようになったのが、進歩だな。」


白雪は、仕事に忙殺されていながら、浅い眠りしか得られない奏を、いつも案じていた。

「他言無用と言われたんだろう?」


「・・・はい。」


「分かった。心配するな、何とかするから。」


白雪には、想像がつかなかった。


三ヵ月後に、洋行してしまう颯に、何が出来るというのだろう。


奏の抱える不安は、一人この地に置いてゆかれることもあると思うのに・・・


白雪の知っている限り、奏の求めるものは颯も含め、皆、決して手に入らない運命にあるものばかりのような気がする。


生を受けたときからすでに、甘い乳房すらなかった。


目の前にいる男も、決して奏のものとはならないだろう。

「いっそ渡欧するのをやめて、お側にいてくだされば良いのに。」


白雪は、口には出せなかった言葉を、心の中で何度も念じてみた。


伝わるわけなどなかった・・・。


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