小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・91
洸兄ちゃん。
信じられないことに、ぼくの精子は着床して佐伯さんのお腹で新しい命になった。
神さまの悪戯みたいな話を、おっかなびっくり初めてパパに打ち明けたとき、晩酌中のパパはいきなり突っ伏して泣いた。
なんていうのかと思って、身構えていたのだけど、ぼくは拍子抜けした。
「みぃ・・・パパのために、そんな嘘ついてまで・・・無理しなくてもいいんだよ。」
パパは、ぼくが思いつめて、とうとうおかしくなったと思ったみたいだった。
「いつも言ってるだろう。みぃは好きなように生きて良いんだよ。」
「いや、あのね。だから無理じゃなくて、ぼくは、元々佐伯さんのことが好きで。」
「だからあの・・・赤ちゃんが出来るようなこともちゃんとしたし。そうなったのも、むしろ自然の流れで、本当に無理したんじゃないよ・・・?」
「ぼくが望んでそうなった・・・というか。成り行きというか。」
「え~と・・・赤ちゃんができたのって、そんなに信じられない?」
しばらくすると、パパは万歳と何度も叫び、佐伯さんに何度も頭を下げて礼を言った。
そしてその後、ぼくに冷えたら大変だと言って座布団を勧め、急いで上着を着せた。
「だから・・・パパ。子どもを生んでくれるのは佐伯さんで、ぼくじゃないって。」
「ああ~、もう。佐伯さんがママで、ぼくはパパになるの。パパはおじいちゃん、わかる?」
何度そう言っても、アルコールのせいもあってパパも混乱していた。
何が何だか、うれしすぎて訳がわからないと、壊れた玩具のようになってパパは泣きながら笑っていた。
「青天の霹靂」ってこんなとき、使うんだよね。
洸兄ちゃん。
自分でも信じられないけど、ぼくね、本当にパパになるんだよ。
確かに信じられない事実で、周囲がみんな言葉を失って驚愕しながらも、ルルドの泉よりすごい奇跡だといった。
いくら何でも、大げさだよね・・・。
ぼくはおろおろしていたけど、佐伯さんはまるで動じないで、てきぱきと行動的に、実家に報告にゆく日を決めた。
海広君に任せておいたら、何も決めずに臨月がくるわと彼女は言う。
確かにどこまでも頼りないのは認めます。
新しい命には、責任がともなう。
来年、ぼくは親になる。
「海広くん、一つだけお願いがあるの。」
佐伯さんは、たった一つだけお願いがあるとぼくに言った。
「うちの親に会ったときに、ぼくは実はオンナノコですって言わないでね。それと、挨拶はあたしに任せてくれるかな。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
周囲がめまぐるしく動き、ぼくの内心は嵐のように波立っていたが、半面浮き足立っていたのかもしれない。
ぼくが、親になるなんて。
少し考えただけで、涙が溢れてくる。
この涙は、きっとうれし涙だと思う。
だって、すごく温かいんだ。
「松原君、ちょっと。何で、ここであなたが泣くの~?」
「ご・・・ごめんな・・・さ・・い。だって、大変な思いさせるって分かってるのに、何か佐伯さんに申し訳なくて。」
「ぼくには、ちゃんと佐伯さんを愛してあげられる自信がない・・・どうすればいいかな。」
「それは、身体のこと?それとも気持?」
と、さすがにちょっと怒ったように佐伯さんが言葉を向けた。
「えっ、と。か・・・らだの方です。」
それは、本心からの心配だった。
だって、元々ぼくはオンナノコなんだから、いくら佐伯さんに熱くなっても湧き上がる衝動なんてのは余りなかった。
ぼくの中のオンナノコが感じると、ささやかなオトコノコが役に立つというややこしいセクス・・・
佐伯さんが愛して欲しいと思うときに、ぼくのオトコノコが役に立たないかもしれないと思うと、不安で仕方がなかった。
「松原君って・・・今更だけど、考え方までオンナノコなんだ。そんなことで悩んでたの?あのね。自由なんてものはね、誰かの不自由の元になりたってるのよ。」
「あたし、松原くんが好きでさえいてくれれば、セクスレスなんて平気よ。松原君には、ずっと自由に生きて欲しいもの。そのくらいの覚悟がなかったら、子ども生むなんて言えない。」
「わたしも、きっと淡白な方だと思うから、時々ぎゅっと抱きしめてくれたら、それでいいの。」
佐伯さんは、最初ぼくに赤ちゃんが出来たと言うのをやめて、子どもを独りで産んで実家で育てようと思ったそうだ。
その辺りの感覚は、ぼくにはちょっと分からなかった。
ぼくがもしかすると、嫌な顔をすると思ったのかもしれない。
何しろ、たった一度の出来事が、文字通り実を結んだのだから・・・
「でも、海広君には、親になるチャンスは最初で最後だと思うから、言うことにしたの。」
「海広君に似た子なら、どっちにしてもすごい美人よ。あたし、元々綺麗なものに弱いんだもの。それも嬉しい。」
自分の美醜なんて深く考えなかったけど、その決心に、ありがとう・・・と伝えて、ぼくは又涙にくれた。
信じられないあの日の出会いに、心から感謝した。
黙って処分する道も有ったのに、彼女はぼくに「命」をくれる道を選択した。
彼女のおなかの中に、奇跡のように授かった命が、本当に愛おしかった。
そして、挨拶当日。
佐伯さんの親は、ぼくの見た目に最初、女かと思って引いたようだ。(・・・スーツ、着て行ったんですけど)
ボーイッシュだけど、彼女はまぎれもなく女性なのに何と言う誤解。
ぼくは生まれて初めてのスーツ着用でネクタイを締めて、自分の中ではものすごく男らしく演技して頑張った。
どう見ても、七五三さんだったとは思うけど。
「お、お嬢さんを・・・ぼ、ぼくに、く・・・っださい。」
まるで陳腐なコントのようだったが、役者は命がけで大事な場面でかみながらも真剣だった。
決め台詞は彼女に託された。
「この人、こんな風に優男だけど、優秀な医者の卵なの。」
医者。
まるで最後の魔法呪文のように、その単語に全ては瓦解して両親はぼく達の結婚を認めてくれた。
良かった。
がんばって勉強してきて。
はじめて、そう思った。
第一関門突破。
いつもお読みいただきありがとうございます。拍手もポチもありがとうございます。
うんと長いのに、最近知って読み始めた、過去分読みましたとおっしゃる方とかいらしてすごく嬉しかったです。
あなたの大切な時間を、ありがとうございます。
最後までお付き合いくださいね。 此花
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信じられないことに、ぼくの精子は着床して佐伯さんのお腹で新しい命になった。
神さまの悪戯みたいな話を、おっかなびっくり初めてパパに打ち明けたとき、晩酌中のパパはいきなり突っ伏して泣いた。
なんていうのかと思って、身構えていたのだけど、ぼくは拍子抜けした。
「みぃ・・・パパのために、そんな嘘ついてまで・・・無理しなくてもいいんだよ。」
パパは、ぼくが思いつめて、とうとうおかしくなったと思ったみたいだった。
「いつも言ってるだろう。みぃは好きなように生きて良いんだよ。」
「いや、あのね。だから無理じゃなくて、ぼくは、元々佐伯さんのことが好きで。」
「だからあの・・・赤ちゃんが出来るようなこともちゃんとしたし。そうなったのも、むしろ自然の流れで、本当に無理したんじゃないよ・・・?」
「ぼくが望んでそうなった・・・というか。成り行きというか。」
「え~と・・・赤ちゃんができたのって、そんなに信じられない?」
しばらくすると、パパは万歳と何度も叫び、佐伯さんに何度も頭を下げて礼を言った。
そしてその後、ぼくに冷えたら大変だと言って座布団を勧め、急いで上着を着せた。
「だから・・・パパ。子どもを生んでくれるのは佐伯さんで、ぼくじゃないって。」
「ああ~、もう。佐伯さんがママで、ぼくはパパになるの。パパはおじいちゃん、わかる?」
何度そう言っても、アルコールのせいもあってパパも混乱していた。
何が何だか、うれしすぎて訳がわからないと、壊れた玩具のようになってパパは泣きながら笑っていた。
「青天の霹靂」ってこんなとき、使うんだよね。
洸兄ちゃん。
自分でも信じられないけど、ぼくね、本当にパパになるんだよ。
確かに信じられない事実で、周囲がみんな言葉を失って驚愕しながらも、ルルドの泉よりすごい奇跡だといった。
いくら何でも、大げさだよね・・・。
ぼくはおろおろしていたけど、佐伯さんはまるで動じないで、てきぱきと行動的に、実家に報告にゆく日を決めた。
海広君に任せておいたら、何も決めずに臨月がくるわと彼女は言う。
確かにどこまでも頼りないのは認めます。
新しい命には、責任がともなう。
来年、ぼくは親になる。
「海広くん、一つだけお願いがあるの。」
佐伯さんは、たった一つだけお願いがあるとぼくに言った。
「うちの親に会ったときに、ぼくは実はオンナノコですって言わないでね。それと、挨拶はあたしに任せてくれるかな。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
周囲がめまぐるしく動き、ぼくの内心は嵐のように波立っていたが、半面浮き足立っていたのかもしれない。
ぼくが、親になるなんて。
少し考えただけで、涙が溢れてくる。
この涙は、きっとうれし涙だと思う。
だって、すごく温かいんだ。
「松原君、ちょっと。何で、ここであなたが泣くの~?」
「ご・・・ごめんな・・・さ・・い。だって、大変な思いさせるって分かってるのに、何か佐伯さんに申し訳なくて。」
「ぼくには、ちゃんと佐伯さんを愛してあげられる自信がない・・・どうすればいいかな。」
「それは、身体のこと?それとも気持?」
と、さすがにちょっと怒ったように佐伯さんが言葉を向けた。
「えっ、と。か・・・らだの方です。」
それは、本心からの心配だった。
だって、元々ぼくはオンナノコなんだから、いくら佐伯さんに熱くなっても湧き上がる衝動なんてのは余りなかった。
ぼくの中のオンナノコが感じると、ささやかなオトコノコが役に立つというややこしいセクス・・・
佐伯さんが愛して欲しいと思うときに、ぼくのオトコノコが役に立たないかもしれないと思うと、不安で仕方がなかった。
「松原君って・・・今更だけど、考え方までオンナノコなんだ。そんなことで悩んでたの?あのね。自由なんてものはね、誰かの不自由の元になりたってるのよ。」
「あたし、松原くんが好きでさえいてくれれば、セクスレスなんて平気よ。松原君には、ずっと自由に生きて欲しいもの。そのくらいの覚悟がなかったら、子ども生むなんて言えない。」
「わたしも、きっと淡白な方だと思うから、時々ぎゅっと抱きしめてくれたら、それでいいの。」
佐伯さんは、最初ぼくに赤ちゃんが出来たと言うのをやめて、子どもを独りで産んで実家で育てようと思ったそうだ。
その辺りの感覚は、ぼくにはちょっと分からなかった。
ぼくがもしかすると、嫌な顔をすると思ったのかもしれない。
何しろ、たった一度の出来事が、文字通り実を結んだのだから・・・
「でも、海広君には、親になるチャンスは最初で最後だと思うから、言うことにしたの。」
「海広君に似た子なら、どっちにしてもすごい美人よ。あたし、元々綺麗なものに弱いんだもの。それも嬉しい。」
自分の美醜なんて深く考えなかったけど、その決心に、ありがとう・・・と伝えて、ぼくは又涙にくれた。
信じられないあの日の出会いに、心から感謝した。
黙って処分する道も有ったのに、彼女はぼくに「命」をくれる道を選択した。
彼女のおなかの中に、奇跡のように授かった命が、本当に愛おしかった。
そして、挨拶当日。
佐伯さんの親は、ぼくの見た目に最初、女かと思って引いたようだ。(・・・スーツ、着て行ったんですけど)
ボーイッシュだけど、彼女はまぎれもなく女性なのに何と言う誤解。
ぼくは生まれて初めてのスーツ着用でネクタイを締めて、自分の中ではものすごく男らしく演技して頑張った。
どう見ても、七五三さんだったとは思うけど。
「お、お嬢さんを・・・ぼ、ぼくに、く・・・っださい。」
まるで陳腐なコントのようだったが、役者は命がけで大事な場面でかみながらも真剣だった。
決め台詞は彼女に託された。
「この人、こんな風に優男だけど、優秀な医者の卵なの。」
医者。
まるで最後の魔法呪文のように、その単語に全ては瓦解して両親はぼく達の結婚を認めてくれた。
良かった。
がんばって勉強してきて。
はじめて、そう思った。
第一関門突破。
いつもお読みいただきありがとうございます。拍手もポチもありがとうございます。
うんと長いのに、最近知って読み始めた、過去分読みましたとおっしゃる方とかいらしてすごく嬉しかったです。
あなたの大切な時間を、ありがとうございます。
最後までお付き合いくださいね。 此花
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