小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・92
ぼくが、驚くほどに・・・
酔っ払ってことに及んだ場合、子どもに何かある可能性は高い。
ただ極端にアルコールに弱いせいで酔ったぼくの場合は、検査の結果、先天的な異常もなく胸をなでおろした。
だけど、ユリアちゃんが一言。
「ねぇ、みぃちゃん。ウエディングドレスはどっちが着るの?」
「ぼくかな~?」
「あたしよ。」
同時に躊躇なく発した言葉は、さすがに宙に浮き、結論は先送りとなった。
ボーイッシュな佐伯さんも、ここだけは譲ってくれなかった。
当たり前だけど。
何度も何度も、佐伯さんに確認し本当に、一生の伴侶がぼくでいいのかと聞いた。
「くどいぞ、松原。」
「だって~・・・ちゃんと、聞いておきたいんだもの。」
「もう、結論は出てるでしょ。」
「そうなんだけど・・・。」
側で見ているほうが、混乱するからいい加減に止めてくれというほど、ややこしい恋人同士の会話だった。
男性が好きならゲイになればいいし、女性の身体で生まれていればレスビアンにもなれた。
色々な愛の形。
ぼくを取り巻き、降り注ぐ愛の形は確かに色々だった。
ぼくの場合、相手を好きだと思う気持はとてもねじれていて、男と女のちょうど中間のようだ。
生物学的には男性でいながら、女性の心で佐伯さんを愛している。
普通に見れば健全で、正常に見える二重のねじれが長い間、ぼくを苦しめていた違和感だったのだと今頃になってやっと気が付いた。
ぼくにぶら下がった、ちっぽけなおしっぽは「好き」と言う気持にとても忠実だった。
男が好きなら女になればいい。
それは高いリスクを伴うけど、不可能ではなかった。
もうすぐ性別適合手術を受けにタイに行く、ユリアちゃんのように・・・。
洸兄ちゃんの先輩に、ぼくは自分の進む道を見つけたと話をした。
「ぼくも、あなたのように精神科の医者になりたいです。色々、勉強させてください。」
「そう?全てが君のようなタイプの医者だと困るけど、確かに君のような医者も必要だろうね。」
一応、認めてくれたのだろうか、彼は優しく微笑んだ。
個人病院(クリニック)を持っている、洸兄ちゃんの先輩の病院で、お手伝いと勉強をさせてもらいながら大学生活を送った。
忙しくも、充実の日々。
ユリアちゃんと成瀬のおじさんがタイに行く前、一つの事件が起こった。
ユリアちゃんのお兄さんがご両親と一緒に連れ戻しに来たのだ。
そのとき、ぼくは初めて志願して誰かのために医者としての立場で話をさせてもらった。
いざとなったら、自分のことを引き合いにすれば、ご両親にもうまく伝わるかもしれない。
田舎に連れて帰ると息巻く家族に、ぼくは出来るだけ静かに、一生懸命生きているユリアちゃんのことを伝えた。
「俺は、こいつの考えていることがまるきり理解できんのだ、先生。」
初老の父親の真摯な目に、抱えてきた家族の苦悩が見える。
五体満足で産んでもらって、何が嬉しくて手術まで受けて女になるのかわけが分からないと、お兄さんも言う。
苦々しげに、まるで汚物を吐き捨てるように・・・
ユリアちゃんは辛そうに椅子の上で俯いたきり小さくなってしまって、言葉を発することも出来なかった。
可哀想で、胸が痛かった。
誰よりも、行き場のない気持がわかるから・・・
「恭一郎さんを、これまで愛してきたご家族だから、そうおっしゃるのですね。」
ユリアちゃんの本名を、不自然に口にした。
「いっそこいつのことは、そちらの方で精神病院にでも押し込めてくれた方がいいです。」
古風な父親が、凶暴にぽつりとつぶやいた。
「田舎でね、ずいぶん嫌味を言われてすごしてきましたよ。どんな教育をしてきたんだとね。」
「狭い土地ですから、長男の嫁の実家にもさんざんっぱら、嫌味を言われました。」
愛しているからこそ、認められないこともある。
許せないこともある。
それは、二丁目と言う町へ皆が通ってきた過程に一つや二つ転がっている話だ。
この地に集まってきた多くの人は家族との縁を切ってやってくる。
孤独のどん底で自分を責め、生きることを諦め、流されるようにしてやっと生きているのだ。
ユリアちゃんはどうなるのでしょう。
愛して欲しいだけなの・・・と叫ぶ心の声が聞こえるようです。
お読みいただきありがとうございます。最終章です。 此花
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