小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・96・最終回
サイズ的にも一番合うからなのだけど、さすがにスカートと言うわけにはいかないから。
長い髪は後で一つにまとめてあって、一見女医さんにしか見えないだろうと自分でも思う。
この先のことは、不確かで誰にも分からないけど、とりあえず今はこうして精一杯生きてゆく。
じぶんをごまかさないで大切にして生きることは、洸兄ちゃんが教えてくれた。
自分を大切にするということは、自分の周囲も大切にするということだと、今のぼくなら分かる。
洸兄ちゃんの先輩のクリニックで、心療内科の医師として、ぼくは患者さんの心に寄りそう。
自分を責めて苦しんで生きている人は、驚くほど多い。
上手くいかないことを、全て自分の荷物にして背負ってる。
「まず、自分のことを考えて。ね?」
ぼくが患者さんに必ず告げる言葉。
例えば、授かった赤ちゃんの命を大切に考えて、無理して出産する人は多い。
だけど、力尽きそうなあなたを支えてくれる人はいるのかと問うと、驚くほど返事は重い。
今日も、不本意にできた赤ちゃんをどうすればいいか、悩む女性が相談に来た。
周囲は、年齢的に次は無いかもしれないから、生むべきだと諭したらしい。
でも、彼女にはしたい仕事もあり、身体も丈夫ではなかった。
サポートしてくれる人も、近くにはいなかった。
いくら考えても、答えが出せずに彼女はぼくのクリニックのドアを叩いたのだ。
「赤ちゃんは大切。だけど、あなたも同じに大切なんだよ。」
そんな一言だけで、ふっと楽になれるほど、心が疲れている人は多い。
「死にたくなるほど頑張らないで。死んでもいいなんて言わないで。」
「あなたが死ぬと、ぼくが悲しいから。」
患者さんに、そういう伝え方をするぼくは、やはり医者としては常識的に外れていて、普通ではないのかもしれない。
それでも、先生と話をした後はもう少しだけ生きていようと思えるの、と言われるとぼくもすうっと楽になる。
話を聞いているうちに、切なくなって一緒に泣いてしまうような涙もろい医師だけど、独りくらいこんなお医者さんが居てもいいと思う。
こんな幸せの容(かたち)を誰が想像しただろう。
仕事帰りに見上げた空には、半人半狼の少女たちが眺めた月が凍えている。
冴え冴えとした空気に、微かに混じるのは春の気配。
遠くの温かいお日さまの光が、無機質な孤独な月を光らせる。
手に注ぐ凍える月光が、いつしか体温で温まって行くようだ。
知らずに感傷的になり、何度も見上げて泣いた過去(むかし)の孤独に惜別する。
自分が自分でいるために、どれだけぼくは涙を零し、迷惑を掛け人に縋ってきただろう。
今は、流れる涙すら温かい気がする・・・
やがて月は満ち、沙耶さんは身二つになり、可愛い男の子を産んだ。
母となった沙耶さんよりも、父親になったぼくよりも感激に打ち震え泣いたのはパパだった。
そして桜の花が咲き始めた頃、ぼくはちょっと無理をして新郎としてタキシードを着た。
着丈と肩幅が合わなくて、スーツを着たぼくはいつかのようにやっぱり七五三のようだったけれど、髪もきちんと撫で付け写真を撮った。
「ね、沙耶さん。ぼく、おかしくないかな?」
「素敵よ。飾って置きたいくらい。」
「沙耶さんも、すごく綺麗だ。」
沙耶さんはシンプルな白いウエディングドレスを選び、それは母親になって輝く彼女にとても良く似合っていた。
そして、結婚式当日、両家の親族が集まった中で、まるで一つのイベントのようにして、ぼくはお色直しのドレスを着せてもらった。
酒の入った無礼講の席で、成瀬のおじさんが撮ってくれた家族写真はまるで二人の花嫁のようでぼくを幸せにさせた・・・
こんな一片(ひとひら)の幸せが、ぼくの手元に届くなんて、誰が想像しただろう。
一陣の風・・・
耳元で、大好きだった洸兄ちゃんがささやいた。
『みぃ、すげぇ可愛い・・・』
「洸兄ちゃん・・・」
―完―
とうとう、一応の完結かなと思います。
長い作品にお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。あとがき書きます。 此花
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