小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・94
「余り、お聞きになったことがないかもしれませんけど、恭一郎さんの病名は、性同一性障害といいます。」
ご両親は、息をのみ身を乗り出した。
「障害?先生、こいつは病気なんですか?」
障害と言うには僕自身にも辛いものがあるが、説明が楽になるのであえて口にした。
恭一郎さんの身体は男性ですけど、精神はまぎれもなく女性です、それがこの病気の特徴ですと説明したら、どこか納得の表情を浮かべた。
内心、ああ、ぼくもパパの呆然としたこんな顔見たことある・・・と思いながら、話を続けた。
身内にしても、驚愕の話には違いない。
「本人の意思では、これはどうしようもありませんし、努力でどうこうできるものでもないのです。」
「恭ちゃんっ・・・」
母親が立ち上がり、ユリアちゃんに近づくといきなりぎゅっと肩を抱いた。
ユリアちゃんの手が、おずおずとお母さんの背中に伸びる。
そのまま、嗚咽が零れた。
「ちゃんとした女の子に産んであげられなくて、ごめんね・・・。恭ちゃん・・・こんなに苦しんだの、みんなお母さんのせいなのね・・・」
「おか・・・あさん・・・。ううん、違うの。お母さんのせいなんかじゃないの。」
「女の子になりたいのは、きっとわたしのわがままなの。でも、男の子のままだと、わたしの心が壊れてしまいそうになるの。死んでしまうしかないと思ってしまうの。」
女性の方がやはり柔軟なんだと納得しながら、泣き始めた母親にティッシュの箱を渡す。
ユリアちゃんが理解されないで苦しんだ分、ご両親もご家族もずっと長いこと一緒に苦悩していたのは確かだった。
苦労の多いこれまでの分、ユリアちゃんはきっと幸せになれる。
家族を取り巻く空気が、最初と突然がらりと変わったことに、ぼくはほっとした。
行き違ったことも多かっただろうけど、ユリアちゃんの場合は、お互いを思いやる心配が形を変えただけなんだろうと思う。
この町でで苦しむ人たちの、重荷もこうやって降ろせればいいのに・・・
「手術後、簡易裁判所で手続きを経て、戸籍を女性に変更できます。そうすれば、婚姻も自由です。」
「タイの病院は執刀医師の経験も多いですし、設備も世界的に高水準ですから、全て任せて安心してください。」
「手術に関しては、生まれ変わるために、上るステップだと思ってあげてください。問題も少なくはないですが、個人的な見
解をいいますと、恭一郎さんには必要な手術だと思います。」
ぼくはユリアちゃんと一緒に、話を聞いてくださってありがとうございましたと、ご家族に頭を下げた。
ぼくにも深く頭を垂れなければいけない人は、大勢居たから。
ユリアちゃんを田舎に連れ戻す話はなしになって、ぼくの役目は無事に終わった。
ユリアちゃんの家族は、明日故郷に帰るそうだ。
少しでも晴れ晴れとした気持で、帰郷できることを良かったと思う。
「みぃちゃん、ありがとね・・・。わたしね、お父さんに貰った名前を変えるけど、ごめんねってきちんと言えたよ。」
肩の荷を降ろしたユリアちゃんの表情はとても明るく、嬉しくて零れた安堵の涙は綺麗だった。
「成瀬さんのくれたユリアって名前ね、いい名前だねって。」
「お父さんね、今度わたしが帰ってくるころに、庭に百合の花をいっぱい植えておいてくれるって。だから元気で、帰っておいでって。」
「そう、良かったね。」
「お兄ちゃんも、色々きつく当たってごめんねって言ってくれた。妹だって思ったら、急に気が楽になったって・・・」
ユリアちゃんは、マーメイドラインのワンピースだったから、座り込んでぽろぽろ泣くと人魚のようにはかなく見えた。
アンデルセンの人魚は泡になったけど、これからユリアちゃんは人間の足を持った女の子になるんだよ、良かったね。
「みぃちゃんが、頑張ってくれたの、わたし一生忘れないから。」
「わたしの手、きゅっと握ってくれたとき、みぃちゃんの方が震えてたね。」
ぼくは赤面した。
一応、がんばったけどぼくの実力はまだそのくらいのものだから・・・。
何か、みぃちゃんが身体張って守ってくれてるんだと思ったら嬉しくなっちゃったと、ユリアちゃんは言う。
そこで震えなかったら格好良かったかもしれないけど、ぼくには正直これが精一杯で、側でサポートに付いてくれていた先輩も、そこだけ惜しかったと目だけで笑った。
洸兄ちゃん。みぃくんは、がんばっています。
落ち込んだり、元気になったり、悲しんだり、笑ったり。いなくなった人の分まで懸命に生きます。
お読みいただきありがとうございます。
いつも拍手、ポチありがとうございます.がんばります。 此花
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ご両親は、息をのみ身を乗り出した。
「障害?先生、こいつは病気なんですか?」
障害と言うには僕自身にも辛いものがあるが、説明が楽になるのであえて口にした。
恭一郎さんの身体は男性ですけど、精神はまぎれもなく女性です、それがこの病気の特徴ですと説明したら、どこか納得の表情を浮かべた。
内心、ああ、ぼくもパパの呆然としたこんな顔見たことある・・・と思いながら、話を続けた。
身内にしても、驚愕の話には違いない。
「本人の意思では、これはどうしようもありませんし、努力でどうこうできるものでもないのです。」
「恭ちゃんっ・・・」
母親が立ち上がり、ユリアちゃんに近づくといきなりぎゅっと肩を抱いた。
ユリアちゃんの手が、おずおずとお母さんの背中に伸びる。
そのまま、嗚咽が零れた。
「ちゃんとした女の子に産んであげられなくて、ごめんね・・・。恭ちゃん・・・こんなに苦しんだの、みんなお母さんのせいなのね・・・」
「おか・・・あさん・・・。ううん、違うの。お母さんのせいなんかじゃないの。」
「女の子になりたいのは、きっとわたしのわがままなの。でも、男の子のままだと、わたしの心が壊れてしまいそうになるの。死んでしまうしかないと思ってしまうの。」
女性の方がやはり柔軟なんだと納得しながら、泣き始めた母親にティッシュの箱を渡す。
ユリアちゃんが理解されないで苦しんだ分、ご両親もご家族もずっと長いこと一緒に苦悩していたのは確かだった。
苦労の多いこれまでの分、ユリアちゃんはきっと幸せになれる。
家族を取り巻く空気が、最初と突然がらりと変わったことに、ぼくはほっとした。
行き違ったことも多かっただろうけど、ユリアちゃんの場合は、お互いを思いやる心配が形を変えただけなんだろうと思う。
この町でで苦しむ人たちの、重荷もこうやって降ろせればいいのに・・・
「手術後、簡易裁判所で手続きを経て、戸籍を女性に変更できます。そうすれば、婚姻も自由です。」
「タイの病院は執刀医師の経験も多いですし、設備も世界的に高水準ですから、全て任せて安心してください。」
「手術に関しては、生まれ変わるために、上るステップだと思ってあげてください。問題も少なくはないですが、個人的な見
解をいいますと、恭一郎さんには必要な手術だと思います。」
ぼくはユリアちゃんと一緒に、話を聞いてくださってありがとうございましたと、ご家族に頭を下げた。
ぼくにも深く頭を垂れなければいけない人は、大勢居たから。
ユリアちゃんを田舎に連れ戻す話はなしになって、ぼくの役目は無事に終わった。
ユリアちゃんの家族は、明日故郷に帰るそうだ。
少しでも晴れ晴れとした気持で、帰郷できることを良かったと思う。
「みぃちゃん、ありがとね・・・。わたしね、お父さんに貰った名前を変えるけど、ごめんねってきちんと言えたよ。」
肩の荷を降ろしたユリアちゃんの表情はとても明るく、嬉しくて零れた安堵の涙は綺麗だった。
「成瀬さんのくれたユリアって名前ね、いい名前だねって。」
「お父さんね、今度わたしが帰ってくるころに、庭に百合の花をいっぱい植えておいてくれるって。だから元気で、帰っておいでって。」
「そう、良かったね。」
「お兄ちゃんも、色々きつく当たってごめんねって言ってくれた。妹だって思ったら、急に気が楽になったって・・・」
ユリアちゃんは、マーメイドラインのワンピースだったから、座り込んでぽろぽろ泣くと人魚のようにはかなく見えた。
アンデルセンの人魚は泡になったけど、これからユリアちゃんは人間の足を持った女の子になるんだよ、良かったね。
「みぃちゃんが、頑張ってくれたの、わたし一生忘れないから。」
「わたしの手、きゅっと握ってくれたとき、みぃちゃんの方が震えてたね。」
ぼくは赤面した。
一応、がんばったけどぼくの実力はまだそのくらいのものだから・・・。
何か、みぃちゃんが身体張って守ってくれてるんだと思ったら嬉しくなっちゃったと、ユリアちゃんは言う。
そこで震えなかったら格好良かったかもしれないけど、ぼくには正直これが精一杯で、側でサポートに付いてくれていた先輩も、そこだけ惜しかったと目だけで笑った。
洸兄ちゃん。みぃくんは、がんばっています。
落ち込んだり、元気になったり、悲しんだり、笑ったり。いなくなった人の分まで懸命に生きます。
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