小説・凍える月(オンナノコニナリタイ)・89
次に意識がはっきりしたとき、佐伯さんは昨日であったときと同じ印象の薄化粧で、きりっとした眉を書いていた。
少年のように、涼しげな目もとが素敵だった。
・・・じゃなくて。
しっかりしろ、松原海広。
こういうときに、どうすれば良いのだろうと少ない想像力で考えてみたが、絶対的に経験値が足りないぼくは、必要な答えを持っていなかった。
それよりもぼくには男として、ぼくの股間にぶら下がった短いしっぽみたいなものが、役に立った事実の方が驚愕だった。
ぽろりと取れてお終いになる予定の、ぼくにすら不用品扱いされた、可哀想な形だけの男の子のしるし。
佐伯さんのベッドの上で正座し、ぼくは裸のまま服を着るのも忘れて、深々と土下座をして謝った。
「本当にごめんなさい。でも、僕には今、どうしていいかわかりません。」
「う~ん・・・、私も初めてでしたので、お返事できません。」
と、言うのが佐伯さんの返事。
「普通だったら、素敵だったわとか言うのだろうけど。ごめんね、経験ないの。」
え?
ちょっと待って。
経験ないの・・・って?
佐伯さんって・・・しょ・・・処女・・・?
最悪・・・。
酔った勢いで、獣のように女性を襲う自分を想像した。
だって、身体は元々男なんだから、きっと女性の佐伯さんよりは力もあるはず。(見た目はどうでも)
そんなことを考えていたら、申し訳なくて情けなくて、後から後から涙が溢れ出た。
「さ、佐伯さん・・・ご・・・ごっめ・・・んなさい・・・っ。謝って済む問題じゃないけど、ごめん、なさっい・・・」
「女の子の処女って、きっとすごく大切なものだと思うのに・・・ぼく・・・ぼくなんかが、奪ってしまって・・・」
まるで逆だったと思うのだけど、そう言うしかなくて処女を喪失した腰のだるい佐伯さんに、ぼくの方がよしよしと慰められていた。
「いいって、いいって。」
「泣かないの、いい子だから。わたし、傷ついてなんかいないわ。」
別に減るもんじゃなしなんて、佐伯さんは豪気なことをいう。
でも、ぼくにもわかる。
この慰められ方は、違う・・・
「ぼく、女性と、こんなことになるなんて思いもよらなくて。」
ぼくの余りの狼狽振りに、佐伯さんは何か引っかかるものを感じたらしかった。
「なんかさ、昔から松原君と一緒に話していると男の子と一緒にいるって感じじゃなかったのよね。」
「夕べ、長い間お酒飲んでても、女友達みたいに話しやすくて、つい抱き合って眠っちゃったけど・・・」
「それは何故って、聞いても良いのかな?」
「松原君の持つ違和感のなさに、何かあるのって聞いてもいい?飲んで叫んでいたのが理由?」
ぼくは、もう観念してぼくの全てを告げるしかないと思った。
「昔から男らしくないって言うのは、理由があるんだ。」
「たぶん・・・ぼくは今で言う性同一性障害者だから。中身はきっと女の子だと思うから・・・あの、昔から少しは自覚あったし。」
佐伯さんは、ああ、そのことだったら中学のときから知ってたよと、こともなげに言った。
「養護の先生が、言ってたの。松原君は女子と一緒にいるほうが、楽に生きられるのだけど、今は学校では男子と一緒に居なきゃならないから大変だと思うって。」
「佐伯さんはクラス委員だから助けてあげてねって、頼まれたことあるもの。」
うわ~・・・どうしよう。
ぼくは酸欠状態になって、冷たくなってゆく指先に耐えていた。
どうすればいいのか、心の中で思わず洸兄ちゃんの名前を呼んだ。
佐伯さんは、くるりと身体の向きを変えて、ぼくに言った。
「あのね。とりあえず、面倒くさいことはどうだっていいじゃない。わたし、今の松原君のこと、とても好きよ。
人として好き。それだけじゃ、だめ?」
佐伯さんは、ぼくの頬に唇を寄せて軽いキスをし、その後、じっと答えを求めて顔を覗き込んだ。
「松原君は?松原君はわたしを嫌い?今度のことは、お酒の上の弾みだけだったと思う?」
ぼくは左右に緩く首を振った。
「ううん。ぼくは、うんと昔から佐伯さんが好きだったよ。だから、本気で抱きしめたかったんだと思う。」
嘘じゃなかった。
「心から、そうしたかったんだよ。」
初恋は実らないものと言いますけど、みぃくんの初恋は思いがけず上手く行きそうです。
どうしよう・・・(@ー@)
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少年のように、涼しげな目もとが素敵だった。
・・・じゃなくて。
しっかりしろ、松原海広。
こういうときに、どうすれば良いのだろうと少ない想像力で考えてみたが、絶対的に経験値が足りないぼくは、必要な答えを持っていなかった。
それよりもぼくには男として、ぼくの股間にぶら下がった短いしっぽみたいなものが、役に立った事実の方が驚愕だった。
ぽろりと取れてお終いになる予定の、ぼくにすら不用品扱いされた、可哀想な形だけの男の子のしるし。
佐伯さんのベッドの上で正座し、ぼくは裸のまま服を着るのも忘れて、深々と土下座をして謝った。
「本当にごめんなさい。でも、僕には今、どうしていいかわかりません。」
「う~ん・・・、私も初めてでしたので、お返事できません。」
と、言うのが佐伯さんの返事。
「普通だったら、素敵だったわとか言うのだろうけど。ごめんね、経験ないの。」
え?
ちょっと待って。
経験ないの・・・って?
佐伯さんって・・・しょ・・・処女・・・?
最悪・・・。
酔った勢いで、獣のように女性を襲う自分を想像した。
だって、身体は元々男なんだから、きっと女性の佐伯さんよりは力もあるはず。(見た目はどうでも)
そんなことを考えていたら、申し訳なくて情けなくて、後から後から涙が溢れ出た。
「さ、佐伯さん・・・ご・・・ごっめ・・・んなさい・・・っ。謝って済む問題じゃないけど、ごめん、なさっい・・・」
「女の子の処女って、きっとすごく大切なものだと思うのに・・・ぼく・・・ぼくなんかが、奪ってしまって・・・」
まるで逆だったと思うのだけど、そう言うしかなくて処女を喪失した腰のだるい佐伯さんに、ぼくの方がよしよしと慰められていた。
「いいって、いいって。」
「泣かないの、いい子だから。わたし、傷ついてなんかいないわ。」
別に減るもんじゃなしなんて、佐伯さんは豪気なことをいう。
でも、ぼくにもわかる。
この慰められ方は、違う・・・
「ぼく、女性と、こんなことになるなんて思いもよらなくて。」
ぼくの余りの狼狽振りに、佐伯さんは何か引っかかるものを感じたらしかった。
「なんかさ、昔から松原君と一緒に話していると男の子と一緒にいるって感じじゃなかったのよね。」
「夕べ、長い間お酒飲んでても、女友達みたいに話しやすくて、つい抱き合って眠っちゃったけど・・・」
「それは何故って、聞いても良いのかな?」
「松原君の持つ違和感のなさに、何かあるのって聞いてもいい?飲んで叫んでいたのが理由?」
ぼくは、もう観念してぼくの全てを告げるしかないと思った。
「昔から男らしくないって言うのは、理由があるんだ。」
「たぶん・・・ぼくは今で言う性同一性障害者だから。中身はきっと女の子だと思うから・・・あの、昔から少しは自覚あったし。」
佐伯さんは、ああ、そのことだったら中学のときから知ってたよと、こともなげに言った。
「養護の先生が、言ってたの。松原君は女子と一緒にいるほうが、楽に生きられるのだけど、今は学校では男子と一緒に居なきゃならないから大変だと思うって。」
「佐伯さんはクラス委員だから助けてあげてねって、頼まれたことあるもの。」
うわ~・・・どうしよう。
ぼくは酸欠状態になって、冷たくなってゆく指先に耐えていた。
どうすればいいのか、心の中で思わず洸兄ちゃんの名前を呼んだ。
佐伯さんは、くるりと身体の向きを変えて、ぼくに言った。
「あのね。とりあえず、面倒くさいことはどうだっていいじゃない。わたし、今の松原君のこと、とても好きよ。
人として好き。それだけじゃ、だめ?」
佐伯さんは、ぼくの頬に唇を寄せて軽いキスをし、その後、じっと答えを求めて顔を覗き込んだ。
「松原君は?松原君はわたしを嫌い?今度のことは、お酒の上の弾みだけだったと思う?」
ぼくは左右に緩く首を振った。
「ううん。ぼくは、うんと昔から佐伯さんが好きだったよ。だから、本気で抱きしめたかったんだと思う。」
嘘じゃなかった。
「心から、そうしたかったんだよ。」
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