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青い海の底の浄土・8 

何やらとんでもないものと関わったようで、弟の背筋をつめたいものが流れていた。
決して、人が触れてはならない、戦慄の禁忌の話を聞いている気がする。
龍神の語る昔語りは、まるで昨日のような口ぶりで、どこか御伽草子の一説のようだ。

「古代に神通力を失ってから、やっとこの時代にこうして力を得た。我は、小さな子蛇にまで身をやつし、気が遠くなるほど転生を繰り返してきたのだ。」

弟が、ふと周囲を見渡せば、自分の住むあばら家は、清んだ水の中に在った。
自らの膝の上では、鰈(かれい)がのんびりとやぶにらみの目で見上げて話を聞いていた。
いつしか、珊瑚の桃花の咲き乱れる海神の別荘となり、更衣の裳裾を引く海の底の女人の麗しさに、弟は目のくらむ思いだった。

音楽の乗る甘い風すら、潮の香を含む。
二人の若者は、夢とうつつのはざ間で、龍王の話を聞いた。

「その昔、わが名は高志之八俣遠呂知(ヤマタノオロチ)と言った。この時代に、われが長らく求める者はいないようだ。」

兄の求めに応じ再び姿を変えて貰い、腕の中に収まった人形は、水の中でゆらゆらと髪をそよがせ、ひしと思い人に掻きついていた。
まるで離れては生きてゆけぬように、兄と天児は抱き合って頬を寄せていた。
弟は多少、忌々しい思いで視線を送るが、相手は人形なのでどうしようもない。

龍王は、過去の話を酒の肴にしていた。

「その昔の我は、酒乱が過ぎて、とうとう先王に海の宮を追われた後も愛しい娘に出会うまで、懲りずに人の世で狼藉を繰り返していた。」

出雲の地に文字通りとぐろを巻いて、人間を相手に狼藉を繰り返し、追放された憂さを晴らしていたと言う。
人形の黒髪を手で梳いてやりながら、兄は「今も、伝説に残っておりますな。」と合いの手を入れた。

「ヤマタノオロチの伝承は、すべて真実でございましたか。」

「建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)に天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を奪われてやっと目が覚めたが、そこから剣を取り返すには長い年月が必要になった。」

「須佐之男命に、切り刻まれて命が危うくなったわたしは、刀を隠した尾を落としやっとの思いで逃げ出してな。」

「だが、逃げ戻ったわたしに神器である天叢雲剣を取り返さなければ、海の都にも戻ってはならぬと父王が厳しく告げられたのだ。気高い龍族の誇りにかけて、容易く神器を奪われてはならぬとおっしゃった。」

自嘲するように、龍王は神も生まれただけでは、神にはなれぬのだと笑った。

「人もそうであろ?」

「しばらくは消えそうな命のまま、口縄(蛇)となり休んでいたが、やがて三種の神器がそろう時代が来て、ようよう転生が叶ったのだ。」

「そうとも知らず、清盛さまはお腹の中の龍王様に、「変成男子の法」の術などもおかけ奉ったのです。」

「変成男子の法」とは、腹の子が女児の場合、通力を持って男児に変化させると言う禁じられた方法である。
どうやら、側にいる尼は安徳天皇を抱いて入水した、二位尼のようだった。

「しばらく記憶はなかったが、生を受けたとき我が男に生まれるのは決まっていたはずじゃ。」

「だが、どうみても、我が人の世に生を受けたのは、我の代で平氏を衰亡させる役目であったとしか思えぬ。」

「人の世の仮初の身なれど、滅びを見るのは辛いな・・・」

はなから、そういう意味を持ってお生まれなのですから、仕方有りませぬよ・・・と今は、魚の尾を持つ尼が、傍らで言うのである。

神器である剣を持ち帰り、やっと先代龍王に許しを得て立派に海の宮の主となったヤマタノオロチは、どこか寂しげであった。

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