青い海の底の浄土・11
「おことは、確かに這子(ほうこ)と言うのじゃな・・・?」
「はい。海の宮の這子が、弟君の元に参り末永く睦むようにと、龍神さまに言われてはるばるまかり越しました。」
弟は、まじまじと海の宮から来たと言う、女性を眺めた。
「尾は?おことの魚の尾は、いかがした?」
艶然と身が震えるような、怪しい笑みを浮かべると這子は、弟の嫁御になるために参ったのだと打ち明ける。
「這子は、身も心もこのように、龍王さまにいただいたまるきりの人型でございますよ。」
「心行くまでお改めの後は、どうぞお側において終生、たんと可愛がってくださりませ。」
頬の赤くなった弟が、小さく「うん」と、頷いた。
「お上人さま。どうやらこの上は、知らずとも良い話もあるようです。」
きっと兄の命は、助かるゆえ心配は要らぬといった、僧の言葉を思い出していた。
琵琶法師に礼を言って庵を後にすると、弟は今は朽ちてしまったかもしれない、海岸のあばら家へと向かった。
遠くで琵琶法師が、再び撥を取り上げ懸命にかき鳴らす楽曲が風に乗る・・・
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」
「おごれる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」
「たけき者も遂には滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ・・・・」
・・・と。
【口語訳】
祇園精舎の、無常堂の鐘の音は、諸行無常の響きをたてる。
釈迦入滅(死ぬこと)の時、白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理をあらわしている。
おごり高ぶった者も、長くおごりにふけることはできない、ただ春の夜の夢のように、はかないものである。
勇猛な者もついには滅びてしまう、全く風の前の塵に等しい。
・・・昔、滑らかな瀬戸内の海で、大きな戦があった・・・と、琵琶法師が語る。
弦を弾けば、ものがなしい特徴ある音色にくわえて、巧妙な語り口で涙を誘う感情がこぼれる。
盲目の琵琶法師の語る、平家物語の一説は実はさまざまであったと今に伝わっている。
作者の分からぬ、諸行無常の物語。
齢8歳の幼帝は、涙ながらに数珠を持ち、念仏を唱えて波間に消えた。
民衆の求めに応じて、話は変化し、黄金の尾を持つ兄の、懐に抱かれた人形の話は、いつしか雛の節句の昔話になった。
法師の語る話に、海の伝説は静かに埋もれて行く。
果たして懐かしいあばら家は、昨夜と同じ佇まいで朽ちる事無く、不思議とそこにあった。
「どうやら龍王様の、ご加護でございますね。わたくしと、おまえさまがここで暮らせるようにと。」
這子は海に向かい、一礼すると、弟の腕を取った。
「兄上様は天児と共に、健やかに海の宮でお暮らしでございます。」
「そうか。兄者は龍神さまの持ち物の天児を戴けたのか。望みが叶ったのだな。」
うっすらと目もとが赤くなった、弟の気持を察して這子は弟に告げた。
「兄上様は、龍王さまの衛士となり、お側近くで警護の任を頂きました。」
「人の世では、鮫(ふか)と呼ばれる大層雄雄しい凛々しい武人のお姿で、もう皆様うっとりとご覧になっておりますよ。」
そう聞いた弟は、素直に喜んだ。
「そうか、兄者は元々力自慢の武人であったゆえ、それは重畳じゃ。」
「そしてわたくしは、あなたさまのお側に。」
見詰め合う這子と弟は、浜のあばら家で所帯を持った。
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後、1話で終わります。
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