青い海の底の浄土・12
龍王に贈られた伴侶は、見目良いばかりではなく、大層な働き者で、弟はふと海の底の一夜の出来事を忘れそうになる事がある。
静かに時は流れ、子宝にも恵まれた弟は、今も変わりなく美しい妻の寝姿に、海の宮の時間の流れと人の世の流れが違う事を、ふと思い出すのだ。
自分がこの世に生ある限り、這子はずっと側に共に居て海の潮で焼けた腕を求めてくれるだろう。
なんという天恵か・・・と、腹の中でごちた。
いつしか白髪の混じった髪を、娘のようにしか見えない妻が、優しく手櫛で梳く。
「お大切なわたくしのあなた。間も無く兄上様がお迎えにいらっしゃいましたら、今度は這子と共に、海の宮に参りましょうねぇ・・・あなたはもう十分、人として長くお生きになりましたよ。」
「ね・・・ずっと、わたくしの側に居てくださいね。」
海面を魚の尾が、ぴしゃと叩く。
見慣れぬ赤銅色の珍しい鮫が、若い漁師の手繰る網の周囲を、楽しげに何度も跳ねた。
「おう。叔父御、お達者か。」
鮫の腹には、小さな小判鮫がしかとかき付いて、餌を食む邪魔をしている。
「相も変わらず、天児さまとお仲のよろしいことで。」
龍王の眷属は、人の世と魚の世を自在に行き来できた。
這子と弟の間に生まれた一粒種は、自在に海と陸を行き来した。
下帯一つの身軽な格好で、漁師は小刀一つを口にくわえると、しなやかに深く潜って貝を取る。
魚の仲買も驚くほど、この漁師の船はいつも大漁で海神のご加護が有ると、もっぱらの噂だった。
「さてと。」
「俺も、久々に父上、母上に会って来るとしようかな。」
光を弾く見事な肢体は、海に入るとぬめと輝いて、あっという間に深遠に消えた。
旧暦三月、青い海の底の浄土と呼ばれる海の宮では桃色の珊瑚の花が咲き乱れ、上巳の雛の節句が催される。
ただ一日だけ、魚の尾を脱ぎ捨てる事を許された兄は、天児と共に無礼講の日を過ごす。
龍王が御酒を過ごして笑うその先に、恐れ多くも見た目の良く似た若者が、頬を染めた恋人を腕に抱く。
「わたしの、天児(あまがつ)」
「おかみ・・・」
懐かしい光景であった。
―完―
*********************************
お読みいただきありがとうございます。
拍手もポチもありがとうございます。
ランキングに参加していますので、よろしくお願いします。此花
二重カウントを止めています。
これからは、しばらくキリ番も来ないと思いますので、次の100000HPが年内最後だと思います。
もし踏んだ方がいらっしゃいましたら、リクエストにお応えしたいと思いますので、お知らせください。くるくる回って喜びます。 此花
長らくお読みいただきありがとうございました。
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「ね・・・ずっと、わたくしの側に居てくださいね。」
海面を魚の尾が、ぴしゃと叩く。
見慣れぬ赤銅色の珍しい鮫が、若い漁師の手繰る網の周囲を、楽しげに何度も跳ねた。
「おう。叔父御、お達者か。」
鮫の腹には、小さな小判鮫がしかとかき付いて、餌を食む邪魔をしている。
「相も変わらず、天児さまとお仲のよろしいことで。」
龍王の眷属は、人の世と魚の世を自在に行き来できた。
這子と弟の間に生まれた一粒種は、自在に海と陸を行き来した。
下帯一つの身軽な格好で、漁師は小刀一つを口にくわえると、しなやかに深く潜って貝を取る。
魚の仲買も驚くほど、この漁師の船はいつも大漁で海神のご加護が有ると、もっぱらの噂だった。
「さてと。」
「俺も、久々に父上、母上に会って来るとしようかな。」
光を弾く見事な肢体は、海に入るとぬめと輝いて、あっという間に深遠に消えた。
旧暦三月、青い海の底の浄土と呼ばれる海の宮では桃色の珊瑚の花が咲き乱れ、上巳の雛の節句が催される。
ただ一日だけ、魚の尾を脱ぎ捨てる事を許された兄は、天児と共に無礼講の日を過ごす。
龍王が御酒を過ごして笑うその先に、恐れ多くも見た目の良く似た若者が、頬を染めた恋人を腕に抱く。
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