青い海の底の浄土・5
凪の海面にそっと折り畳んだ書を置くと、水に浮くことなく片端から誰かが引き寄せたようにぱらぱらと広がり、長い紙が真っ直ぐに深い海中へと飲まれてゆく。
「申し!お聞き届けくださいませ。」
「竜神様の、お忘れ物でございます!」
「お預かりしてございます!」
弟は、深い夜の群青の海底に向かって、水底の宮の住人に届けとばかり叫んだ。
弟は、ただ元の兄を返して欲しい一心だった。
上ってきた気泡が俄かにどっと増えて、船を動かすほど水面が泡だった。
恐怖に腰を抜かしそうになりながら、船べりを掴み弟は耐えた。
(・・・確かに報せは受け取った・・・)
(これより、龍王さまが大切な天児を迎えに参る・・・大義であった・・・)
「りゅ・・・龍王さま?龍神が・・・真にいらっしゃたのか?ひ、ひぇ・・・っ・・・」
海の恵みをいただきながら、日々の糧を得る者にとって龍神は信仰のよすがである。
豊かな海の幸を下される、ありがたい神であった。
慄きながらも、僧の言うとおりにことが運び、これで兄もきっと元通りになるだろうと、安心もした。
「すると、あの人離れした美しい童は、やはり竜神さまの寵童であったのか?」
「兄者にはよう、知らせてやらねば。下手な手出しは神々への反乱となる。」
懸命に艪をこぎ、震える手で必死でとも綱を結びつけると、月明かりの煌々と照る中、慌てふためきながらあばら家へと駆け入った。
がたがたと立て付けの悪い引き戸が、音を立ててその向けた顔に弟は腰を抜かさんばかりになっている。
「兄者ーーーっ!大変じゃっ!」
龍王の持ち物などに、人が手出しをして良いはずはなかった。
神の持ち物に手を出すのは、触れてはならぬ禁忌だとして弟は兄に告げねばならなかった。
「兄者・・・あっ・・・!」
半身を緩く起こす兄の懐に抱かれて、薔薇色に染まった剥き身の童が、深く眠っていた。
童子の真白い胸元に、鮮やかな紅い桃の花弁が散ったように、吸痕の生々しい痣がいくつもできている。
しどけなく衣類は緩み、丸い肩が覗き、額に絹の黒髪が張り付いていた。
兄の胸元には手先の無い美童の手が差し込まれている。
誰が見ても、情事の後なのは間違いない。
兄が起き上がったのに気が付いて、美童は薄く目を開けとろりと悩ましげな視線を送った。
甘い視線はひたと兄に据えられ、小さな唇がついと恥ずかしげも無く兄の褐色の肌の突起に寄せられ「主上」と呼んだ。
肌を合わせたと、弟には一目で知れた。
「これは・・・遅かったのか。」
「兄者、目を醒ませっ!・・・この者は平家の貴人の生き残りなどではないぞ。竜神さまの寵童なのだ。そのようなものに手出しなどしてこのままでは、どんな祟りがあるやも・・・ああっ!」
美童と兄と弟が激しく揉み合う時、信じられないようなことが起こった。
月明かりに照らされて、あばら家にずいと大きな恐ろしく黒々とした影が入った。
まるで小山のように大きな何者かが、『 我の天児に、間違いはないか 』と頭上で問う。
******************************
いつもお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチも、励みになっています。
しばらく続きますので、よろしくお願いします。
とうとう龍神の持ち物と、深く契ってしまった兄者の、明日はどっちだ。(*^ー^)ノ
寝落ち寸前、危うい・・・ 此花
「申し!お聞き届けくださいませ。」
「竜神様の、お忘れ物でございます!」
「お預かりしてございます!」
弟は、深い夜の群青の海底に向かって、水底の宮の住人に届けとばかり叫んだ。
弟は、ただ元の兄を返して欲しい一心だった。
上ってきた気泡が俄かにどっと増えて、船を動かすほど水面が泡だった。
恐怖に腰を抜かしそうになりながら、船べりを掴み弟は耐えた。
(・・・確かに報せは受け取った・・・)
(これより、龍王さまが大切な天児を迎えに参る・・・大義であった・・・)
「りゅ・・・龍王さま?龍神が・・・真にいらっしゃたのか?ひ、ひぇ・・・っ・・・」
海の恵みをいただきながら、日々の糧を得る者にとって龍神は信仰のよすがである。
豊かな海の幸を下される、ありがたい神であった。
慄きながらも、僧の言うとおりにことが運び、これで兄もきっと元通りになるだろうと、安心もした。
「すると、あの人離れした美しい童は、やはり竜神さまの寵童であったのか?」
「兄者にはよう、知らせてやらねば。下手な手出しは神々への反乱となる。」
懸命に艪をこぎ、震える手で必死でとも綱を結びつけると、月明かりの煌々と照る中、慌てふためきながらあばら家へと駆け入った。
がたがたと立て付けの悪い引き戸が、音を立ててその向けた顔に弟は腰を抜かさんばかりになっている。
「兄者ーーーっ!大変じゃっ!」
龍王の持ち物などに、人が手出しをして良いはずはなかった。
神の持ち物に手を出すのは、触れてはならぬ禁忌だとして弟は兄に告げねばならなかった。
「兄者・・・あっ・・・!」
半身を緩く起こす兄の懐に抱かれて、薔薇色に染まった剥き身の童が、深く眠っていた。
童子の真白い胸元に、鮮やかな紅い桃の花弁が散ったように、吸痕の生々しい痣がいくつもできている。
しどけなく衣類は緩み、丸い肩が覗き、額に絹の黒髪が張り付いていた。
兄の胸元には手先の無い美童の手が差し込まれている。
誰が見ても、情事の後なのは間違いない。
兄が起き上がったのに気が付いて、美童は薄く目を開けとろりと悩ましげな視線を送った。
甘い視線はひたと兄に据えられ、小さな唇がついと恥ずかしげも無く兄の褐色の肌の突起に寄せられ「主上」と呼んだ。
肌を合わせたと、弟には一目で知れた。
「これは・・・遅かったのか。」
「兄者、目を醒ませっ!・・・この者は平家の貴人の生き残りなどではないぞ。竜神さまの寵童なのだ。そのようなものに手出しなどしてこのままでは、どんな祟りがあるやも・・・ああっ!」
美童と兄と弟が激しく揉み合う時、信じられないようなことが起こった。
月明かりに照らされて、あばら家にずいと大きな恐ろしく黒々とした影が入った。
まるで小山のように大きな何者かが、『 我の天児に、間違いはないか 』と頭上で問う。
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