青い海の底の浄土・6
童の遊ぶ色鮮やかな糸手毬が、ころころと足元に転がってくる。
「ここじゃ、ここじゃ。この家じゃ。」
「報せの文を、ありがたくいただいた。」
「龍王様。確かに、あなた様のお大切な、天児がここにおわします。」
「あれ、そこに。」
数人の似た拵えの童が歌うように、はやし立てた。
弟はそびえるように巨大な龍王の異形の姿に畏れて声をなくし、その場にひれ伏してしまっていた。
兄の方はと言えば、居住まいを正すと悪びれる事無く臣下の礼を取り、龍神に告げた。
「間もなく節句になれば、お迎えが来ると存じておりました。」
海神は、濡れた素足で床に玉の水滴を零しながら、つかと家に入ってきた。
細かな光る三角の銀鱗が身体全体を覆っている。
弱い月光を吸い上げ、煌めく姿は、まるで光の彩錦をまとっているように見える。
動くたびに光の残像が粒子をまいて、目映い砂金の粒が弾けるようだ。
そっと自分の美童に手を伸ばすと、袖口から覗く腕にも細かな銀鱗はびっしりと生えていて、肘の辺りには透明な鰭(ひれ)のようなものも見えた。
恐ろしくも美しい、異形の神の姿だった。
「ああ、確かにこれは、わたしが母上に頂戴した天児(あまがつ)じゃ。」
「ずいぶんと、探していたのだが・・・世話になったらしいな。」
瞳の虹彩が、胸に散る鮮やかな花弁の跡を認めて、すっと縦に細くなった。
腹のそこに響く、地鳴りのような龍神の声に弟は恐れ入って、がたがたと震えるばかりだった。
「龍王さま。どうやらその神々しいお姿では、この者が顔を上げられませぬよ。」
「そうか。では・・・」
傍らの白い顔の童が、糸手毬を一つくるくると解いてふっと投げかけると、海神は人型となり、見目麗しくも雅な公達の形になった。
付き添いの侍女たちが、思わず嬌声を上げる。
青い打ち衣らしき、光沢のある直衣の銀色の青海波紋が華やかである。
両手を広げて、龍神はふふっと満足げな声を立てた。
「ふ・・・む。さあ、この形(なり)なら、面(おもて)を上げて話ができるかの?そのほうの良く知る都人の形じゃ。」
臥した弟の耳朶に、龍神は思いがけず優しく問う。
「は・・・はい。」
そっと垣間見た顔は、驚いたことに、弟の敬愛する兄の面にとても良く似ていて、弟は言葉を失い見上げるばかりである。
「さて・・・。その方等の佇まいは、ただの漁師ではあるまい?血筋を言うてみよ。」
二人揃って、素直に頷いた。
「はい。我らは元は、越後源氏の嫡流でございます。」
「源氏の平家のと、権力のみに浅ましく群れ集う日々が虚しくなり、一族が木曽義仲殿に組した折、都を離れ兄弟揃ってこの地へと、流れてまいりました。」
「都では叔父御に散々に裏切られお倒れになった、木曽殿のご最期も聞き及びましたが、お気の毒でございました。」
担ぎ上げるつもりであった、悲運の源氏の御曹司の話をしていたが、龍王は人の世界の事も、詳しく理解していた。
「木曽殿か、武勇に優れた大層な美丈夫であったが。・・・惜しむなら、あれは、少しばかり女道楽が過ぎたのう。戦場にまで愛人を連れてゆくような男に、天下はやれぬ。」
「もう一人、船の上を跳んでわたる身の軽い小男が居たが、あれも天下を取る器ではないな、女々しすぎる。」
御付の女が、賛同するように、ころ・・・と笑った。
「それ以上、予見を教えては、なりませぬよ。竜王さま。」
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これからは、しばらくキリ番も来ないと思いますので、次の100000HPが年内最後だと思います。
もし踏んだ方がいらっしゃいましたら、できる範囲でリクエストにお応えしたいと思いますので、お知らせください。
どうぞよろしくお願いします。 此花
「ここじゃ、ここじゃ。この家じゃ。」
「報せの文を、ありがたくいただいた。」
「龍王様。確かに、あなた様のお大切な、天児がここにおわします。」
「あれ、そこに。」
数人の似た拵えの童が歌うように、はやし立てた。
弟はそびえるように巨大な龍王の異形の姿に畏れて声をなくし、その場にひれ伏してしまっていた。
兄の方はと言えば、居住まいを正すと悪びれる事無く臣下の礼を取り、龍神に告げた。
「間もなく節句になれば、お迎えが来ると存じておりました。」
海神は、濡れた素足で床に玉の水滴を零しながら、つかと家に入ってきた。
細かな光る三角の銀鱗が身体全体を覆っている。
弱い月光を吸い上げ、煌めく姿は、まるで光の彩錦をまとっているように見える。
動くたびに光の残像が粒子をまいて、目映い砂金の粒が弾けるようだ。
そっと自分の美童に手を伸ばすと、袖口から覗く腕にも細かな銀鱗はびっしりと生えていて、肘の辺りには透明な鰭(ひれ)のようなものも見えた。
恐ろしくも美しい、異形の神の姿だった。
「ああ、確かにこれは、わたしが母上に頂戴した天児(あまがつ)じゃ。」
「ずいぶんと、探していたのだが・・・世話になったらしいな。」
瞳の虹彩が、胸に散る鮮やかな花弁の跡を認めて、すっと縦に細くなった。
腹のそこに響く、地鳴りのような龍神の声に弟は恐れ入って、がたがたと震えるばかりだった。
「龍王さま。どうやらその神々しいお姿では、この者が顔を上げられませぬよ。」
「そうか。では・・・」
傍らの白い顔の童が、糸手毬を一つくるくると解いてふっと投げかけると、海神は人型となり、見目麗しくも雅な公達の形になった。
付き添いの侍女たちが、思わず嬌声を上げる。
青い打ち衣らしき、光沢のある直衣の銀色の青海波紋が華やかである。
両手を広げて、龍神はふふっと満足げな声を立てた。
「ふ・・・む。さあ、この形(なり)なら、面(おもて)を上げて話ができるかの?そのほうの良く知る都人の形じゃ。」
臥した弟の耳朶に、龍神は思いがけず優しく問う。
「は・・・はい。」
そっと垣間見た顔は、驚いたことに、弟の敬愛する兄の面にとても良く似ていて、弟は言葉を失い見上げるばかりである。
「さて・・・。その方等の佇まいは、ただの漁師ではあるまい?血筋を言うてみよ。」
二人揃って、素直に頷いた。
「はい。我らは元は、越後源氏の嫡流でございます。」
「源氏の平家のと、権力のみに浅ましく群れ集う日々が虚しくなり、一族が木曽義仲殿に組した折、都を離れ兄弟揃ってこの地へと、流れてまいりました。」
「都では叔父御に散々に裏切られお倒れになった、木曽殿のご最期も聞き及びましたが、お気の毒でございました。」
担ぎ上げるつもりであった、悲運の源氏の御曹司の話をしていたが、龍王は人の世界の事も、詳しく理解していた。
「木曽殿か、武勇に優れた大層な美丈夫であったが。・・・惜しむなら、あれは、少しばかり女道楽が過ぎたのう。戦場にまで愛人を連れてゆくような男に、天下はやれぬ。」
「もう一人、船の上を跳んでわたる身の軽い小男が居たが、あれも天下を取る器ではないな、女々しすぎる。」
御付の女が、賛同するように、ころ・・・と笑った。
「それ以上、予見を教えては、なりませぬよ。竜王さま。」
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