青い海の底の浄土・2
農民は田畑へ、猟師は山へ、漁師は海原へと生活の糧を求め、再びもとの生活を送ることができる。
どこもかも荒れ果てていた。
人々にとっては、源氏も平氏も関係ない。
ただひたすらの戦の無い平穏こそが、ささやかな望みであった。
たぷたぷと寄せては引く、滑らかな海面。
兄弟は、日々の糧を求めて何日かぶりに船を出した。
戦の後は、海岸縁は打ち寄せる両軍の死体で、惨憺たる有様になっている。
入水した武将達や、雅な女房達の水死体がいくつも流れ着いてくる。
漁師は魚を取るどころか、何度も網に掛かる亡骸を寺へと運んだ。
「兄者。ほら、又、死人じゃ。」
曇る顔で、弟が言う。
長い髪を乱した紅い直衣の姿は、武人では無いようだ。
「水干の姿は、白拍子か?童か?」
「どっちであろうな。何にせよ厄介なことじゃ。今日の漁もお終いじゃな。」
「ああ、面倒くさい。仕事にならぬ。」
網を寄せると、赤銅色のその手に長い髪を巻きつけ、兄は死骸を手繰った。
腰に差した細工の流麗な二本の黄金の太刀は、おそらく海水で錆びてしまって使い物にはならないだろう。
ここいらの漁師は、死人を拾い上げて寺に放り込むくらいはするが、いささか数が多すぎて辟易し漁へ出るものもまだまばらだった。
兄は、そのまま海に投げ込みたいくらいの気持で、船底に強く叩き落した。
「・・・あうっ・・・!」
貴人が眉をひそめて、呻いた。
「ひやぁっ!兄者、こやつ生きて居るぞ。」
「おう。確かに、これはまだ息が在るようじゃな。」
強く眉根を寄せて、麗人が呻いた。
抱えてみると、水鳥の羽根ほどに軽い。
「殿上人は、何を食っているのか知らぬが、この軽さはどうじゃ。」
「このまま息を吹き返すかどうかは分からぬが、しばし様子を見ようか。」
「ひょっとしたら、直ぐにお終いになるかも知れぬしな。」
兄はひょいと、貴人を雑魚の入ったびくと一緒に肩に乗せて、あばら家へと入った。
粗末な寝具に横たえて、様子を覗う。
潮かそれとも涙か、眦からつっと一滴したたって、貴人は消え入りそうな細い声でうわごとを言った。
「・・・おか・・・み・・・」
「どこに、おわす・・・のです・・・天児を、お探しには・・・ならぬのですか・・・」
漁師の兄弟は顔を見合わせ、ひとまず近くの僧の庵に相談に走った。
今は読経で手が離せぬゆえ、しばらくしたら行ってしんぜようと、僧が言うので、ひとまず兄弟は帰宅した。
何より、臥した貴人が気に掛かった。
大抵、網に掛かる貴人は事切れており、こうして息のあるものはまれだった。
小さく息をする都人の顔を、まじと覗き込んだ弟が驚いたように言う。
「おお・・・なんと、これは美々しい童じゃ。」
「都人は、こうも美しいのかのう。武者とは、大違いじゃ。」
薄く化粧をした小さな顔は、閉じた目の上に刷くように置き眉を施した、雅な姿だった。
主上と口走った所を見ると、平氏、しかも身分の高いものに関わる貴族に違いない。
粗末な夜具に移して、そっと身を延べてやると、身じろぎもせぬままはらはらと貴人は泣いた。
見かねた兄が涙を吸ってやると、薄く目を開いて兄を見つめ嬉しそうに「おかみ・・・」と口にする。
「違う、俺はそのようなものではない。」
「天児(あまがつ)の・・・主上。」
そう言ったきり、目は空ろに見開かれ、意識は混沌としていた。
「天児とは、なんであろうの?」
兄弟は、いぶかしげな表情を浮かべてともかく、一息をついた。
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水干姿の、この童は果たして何者・・・?と、引っ張ってみます。(*^ー^)ノ 此花
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