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びいどろ時舟 10 

深く考えず、鏡は羽音を立てるかめの中に、身を滑らせた。
びりびりと震えるびいどろ(硝子)でできたかめは、鏡の想像もつかない時船と呼ばれるものだった。
時船とは、文字通り時間の中を航行する船だ。
過去と未来を自在に行き来する学者の手で、鏡は思いがけず未来へと跳ぶことになる。

*******

そこは、甍(いらか)の並ぶ丸山の花街とも煉瓦造りの阿蘭陀屋敷とも違い、銀色の輝く高い建物が林立する見たこともない異世界だった。
鏡に判るはずもないが、一見澄み切った雲ひとつ無い青空に見える風景も、世界を覆う断熱パネルに投影された造り物でしかない。ドームの向こうには、人類が生息できない環境と大気が広がっていた。

空調の効いた部屋の白い床に、見覚えのある硝子製らしき小型の装置が転がっている。
それは、身代わり天神裏で鏡が見つけたものだった。

黙って髪結いの新を見つめている、金色の髪の歴史学者の怒りは静かな炎となって、ちりちりと忍び寄ってくる。
・・・などと、切羽詰ったこの状況を人事のように説明している場合ではなかった。

「シン。これは、なんです?」

空っぽの装置を冷ややかに指を差したきり、腕を組んで説明を待って黙しているのは、納得のいる答えを待っている証拠だ。金髪碧眼の若い男が酷薄な視線を向け、シンと呼ばれた若い男は、懸命に言い訳を探していた。

「え~と・・・。ほら。セマノは東洋のことわざで、窮鳥、懐にいらずんば・・・ってのを知っている?」

「あいにく、ぼくは猟師ではありません。古典言語は専門外なので、到底理解できませんね。」
知っているくせに・・・と、シンは取り付くしまのない相手を軽くにらんだ。

その覚えのある涼しげな顔は、水月楼で皆に新さんと呼ばれていた新参の結髪屋のものだが、どうみても守勢に回っている、。
ただ、着流しは着ていないし、髪結いの道具箱も傍らに無く、何より頭上に髷が乗っていない。
細身にぴたと張り付く、薄い羅紗のような奇妙な輝く着衣を身につけていた。

「その・・悪かったよ。勝手な振る舞いをして。セマノ・・・?やっぱり、怒ってる?あの…怒ると、綺麗な顔が台無しだよ・・・?」

セマノと呼ばれた、金糸の髪の若い男が、ふっとため息をついた。

「ぼくはね、シン。生命体としてではなく、ただの標本が欲しかったんですよ。身内のいない、ほら、なんでしたっけ・・・?」

「混血児(あいのこ)の、無縁仏?」

「そう!それです。当時の混血児(あいのこ)はとても生存率が低かったですからね。」

「後世に何ら問題の無い、標本として差し支えの無い遺体を一柱、送ってくれと頼んだはずです。出来れば、身体に傷の少ないものをと言った覚えはありますけど、生きている者を連れて来いと言った覚えはありません。」

「・・・うん。」

シンと呼ばれた若い男は、心底困っている風だった。確かに、シンにとっても、この状況は好ましいものではない。
長い時間をかけて、該当者を割り出し、今朝方無縁仏としてどこにも遺伝子を残さない若い遺体が届くはずだった。

送られてきた者から残された記憶を取り出し、当時の様子を知る、データベースの貴重な標本とする。これまでに、このようなことは一度もなかった。

一体何の手違いがあったんですかと、学芸員はシンを責めた。
「まあ、まあ。かけて話そう。話せば長いんだ。」

ため息を大げさについて、不愉快そうに両手を広げた彼は、「セマノ」と呼ばれている。
シンと呼ばれた男は、時舟と呼ばれる時空を自在に行き交う舟で各時代を廻り、膨大な資料を送る時空の管理人である。そして、セマノは送られて来る桁外れの情報を整理保管している、この時代の博物館の主席学芸員だった。

慣れた西暦で言うなら、はるか後世2600年代の後半という途方も無い事になる。





新しい展開になりました。

(´;ω;`) 昨日の分ね、アップする予約時間を設定間違えていました。ときどきやらかすけど、21時に確認したら朝の8時に上がってました・・・Σ( ̄口 ̄*)「何、これ~…」←やったの、自分だから。

時間厳守じゃなくて、ごめんね。なるべくがんばります。

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