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びいどろ時舟 17 

シンは、目の前で起きた事故で、愛する家族を全てを失った。
狂ってしまえれば楽になれたかもしれないが、それほど弱くはなかった。
孤独な未来に絶望し、医療センターで死んだようになって、壁を見つめて暮らしていたシンの所に、ある日政府から時舟の乗組員にならないかとの要請が来た。
周囲のどんな囁きにも耳を貸さない閉じた心を持ったものだけが、感情に左右されることなく、いびつな心のまま時舟を運行できるのだ。

まともな者には務まらないらしいと、噂には聞いていた。
時舟の乗組員の別名「死神」は、生きながら死んでいるような自分にふさわしいような気がする。
死神とは、時代の闇に消え行く死者を、サンプルとして拾い上げる仕事をさす。死者をかめ棺のような装置で移動させるところからいつしかそう呼ばれるようになった。

「死神」は、目前でどんな過酷な現実が起ころうとも、決して介在を許されない時代の傍観者だ。例え、目の前で回避できる事故があっても、一切の手出しは禁止されていた。

「よっ…と。」

「死神」らしく、寺に放り込まれた吉の遺体をそっと担ぎ、新は夜明け前の薄い闇夜に溶け込んでいた。その姿は、誰にも見られないようにログからのバリアで、遮蔽されている。
この時代の12歳の混血児の、身長、体重、骨密度、内臓の位置、あらゆる部所を細密に調べ、管理局で複製された後、吉の遺体は再びこの場所へ戻される。

鏡が乗った「びいどろのかめ」は、精巧な物質移送装置なのだ。
シンが鏡に声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。
絶望に打ちひしがれた瞳が向けた顔が、たった一日で全てをなくした、子どものころの自分と被って見えた。
どこにも光明を見出せず、球体の深淵の中に浮いているような日々を送っていた自分。
恐ろしい記憶は、催眠療法でも癒えず、見えるものは病室の白い壁と喪失感だけだった。
吉を「びいどろのかめ」に放り込み、ほっとため息をついた。今も、鏡ははるか未来で、かぴたんの国に逃亡したと思っているだろう。

ほんのしばらくかくまった後、平戸へでも逃がしてやろうと思っていたのに、とんだ手違いが起きてしまった。自分でもこの行動が、おかしいと気付いていた。
花街で起こるとんでもない事件は多かったが、全て風のように時の管理人として関わることなく無難にやり過ごしてきた。混血児の出会う災難も、知る限り一つや二つではなかった。

セマノだけではなく、自分もこの淫靡な街の空気に囚われているのかもしれないと、思う。
封印してきた柔らかな子どもの頃の感情が、今頃覚醒しようとしているのだろうか。
死後硬直の解けた薄っぺらな子どもの遺体を、待っているセマノの為に、びいどろのかめにそっと投げ入れた。息をしていないよそよそしい死体の、残留した思念が、触れた所からどっと逆流して来る気がする。

鏡がいなくなって直ぐの時間に戻って来たシンは、水月楼の様子を伺ったがまだ事件に誰も気が付いていないのか、廓は変わりなく静寂だった。

忘八女将は、銀札の波に漂う幸福な夢を見ているだろうか。
阿蘭陀人に組み敷かれて泣いた鏡は、泡沫のカピタンの国で今頃、セマノと二人自分の映した綺麗な虹を見て、驚きの声を上げているだろうか。
あの子が、本心から笑う顔が見てみたい・・・ふと、心の内で、ゆらと立ち上った澱に、戸惑った。

人の目に見えぬ頭上の銀色の時舟が、旋回する。
鏡の消えた世界を修復して、始めからいなかったことにするのが手っ取り早かったが、さすがにためらわれた。
人の軌跡を消すには、気の遠くなる消去作業が必要なのだ。

シンは、鏡の産まれた12年前の、明るい空の色を覚えていた。サンプルが生まれてから、すぐに傍で観察が始まった。どんな子だろうと、ほんの少し期待して丸山の花街に来て、見上げた空は抜けるように高かった。
放射能と紫外線を遮蔽したドームに写る、雲ひとつない、晴れ晴れとした空を、信じ切った無垢な瞳で今は鏡が見上げている。
虹が投影された空は、鏡が生まれた日を切り取ったものだった。




(°∇°;) セマノ:「そういえば、過去に関わるのって禁忌だったね・・・。やばくね?」

♪~(・ε・。)シン:「ま、なるようにしかならないんじゃないの?」

( *`ω´) 作者:「う~~~・ん・・」←BLに続き、SFも初心者だった・・・やばす~

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