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びいどろ時舟 15 

高く澄んだ青い空に、シンがすることがなくて退屈な鏡のために、虹を投影させていた。
ドームを覆ったスクリーンに、七色の錦の巨大な帯が現れて、天空に光の粉を撒き散らすように鮮やかに舞った。
赤気(せっき)とも呼ぶ、オーロラの存在を南の地に住む鏡が知る訳もなかった。
美しい光の帯を見つめる大きな瞳は見開かれて、驚きであんぐりと口が開く。

理解しづらいと言うので、設定しなおされたログは、鏡の長崎言葉を変換させたものを、セマノの脳内に直接送っていた。

「すごかねぇ・・・たまぐるごと綺麗(きれか)ねぇ。あし、こげんふとか虹、はじめて見たばい・・・。」

「そうだね、虹とは少し違うけどね。オーロラっていうんだよ。鏡の国の言葉だと赤気(せっき)というんだね。」

「かぴたんさん。天の姫さんは、あれで錦の衣ば作るとよ。」

何も知らない鏡は、時船で飛ばされたこの空間を、親切なカピタンの国と信じきっているようだ
人と付き合うのが苦手なセマノだったが、鏡と会話するその横顔は、シンが驚くほど優しい。そればかりか、仕事の合間を縫っては時間をつくり、会話を楽しんだ。


「ふぅん。天には、お姫様が住んでいるのか?」

「おるとよ。おっかさんが昔、話してくれた中国の古か話たい。」

「かぴたんさん、姫さんは一年に一っぺんしか、好いとる男に会えんとよ。」

「そう?たった一度なの?」

「楽しか逢瀬はすぐに終わって、姫さんは、主さん、逢いたや、恋しやと泣くと。悲しかねぇ。」

それはもしかすると、父を待つ母親の事かと聞こうとして止めた。
鏡はうっとりと偽りのオーロラを見つめている。

鏡が眠っている間に、セマノはわかることは全てデータベースから把握していた。
セマノの得た、鏡の情報は些細なものだが、正しかった。

長崎丸山遊女、母、睡蓮太夫は三味線名人で、和尚とも呼ばれている。
職は、花魁最高位、太夫。
苗字は不明、本名は、レン。

鏡の4つ違いの姉の名は、本名、千代と書いて「ちとせ」と言う。
そして、少年は通称で鏡(かがみ)と呼ばれているが、実際は人別長には、鏡太郎(きょうたろう)と記載されている。誰も、本名で呼ぶ者などはなかった。

父親はドイツ人医師、Hermann・Von・Abeille(ヘルマン・フォン・アベール)と言う名の貴族。東の果ての小さな島国では、母国の名誉も高貴な出自も、何ら影響は無い。
どれほど連れて帰りたいと父が願っても、まだ混血児の国外出国が許されていない頃だった。
もう少し経てば、異国の血が少しでも混ざっているものは、ことごとくパタヴィイアと言う国に送られて、二度と故郷には帰れなくなる政策へと変換される。過酷な時代だった。
いずれにしても、この時代に生まれた混血児は、皆ほんの少しの例外を除いて、驚くほど不幸なのに変わりはない。
からゆきさんの、悲しい話はそれこそ星の数ほども有り、鏡の幼い友人は皆儚くなるばかりだった。

オランダ屋敷で数年暮らした後は、混血児の鏡への処遇は、お定まりのものだったらしい。
職種は「下働き」と記されていた。
オランダ、ポルトガル、ロシア、中国、朝鮮の混血児は多く産まれたと記録にはあるが、彼らは驚くほど短命で、その確かな存在は多くは残されていない。想像と憶測だけで、花街で生まれた彼らが、どれだけ過酷な環境に置かれていたか把握できた。
ざっと眺めた限り、男子が成人するものすら極めて希だった。

鏡のように、父親が公職に在ったものでも、子どもが生まれる前に父が国を離れたものも多く、間引かれたものも相当いたと、こちらは古い記録に明確に残る。
ごくまれに、東洋系の混血児が目こぼしされて、養子になった例があるくらいだ。
セマノは、ぼんやりと鏡を見つめていた。

「かぴたんさん・・・?」

「え?ああ・・・何?」

明るい中庭で、白い光の中セマノは、不思議な既視感を味わっていた。
自分だけを見つめる懐かしい青い瞳の少年が、側に寄る鏡の向こうに透けて見えるような気がしていた。
全てをなげうっても救いたかった金色の髪の少年に、今もセマノは囚われている。




セマノにも悲しい過去があります。シンにも辛い思い出があります。
(ノд-。)←書いといて・・・

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