びいどろ時舟 14
彷徨う手をシンは掴んだ。
「この子が産まれて、すぐサンプルに決まってから、ぼくは管理者としてずっと眺めてきた。それは、君も知っているだろう?だけど、母親の死後、こんな風に泣くのを見たのは初めてかもしれないな。」
「セマノ。花街で生まれた、男の子はみんな「あきらめる」事を、一番最初に覚えるんだ。」
「あきらめる?」
「そうだよ。誰かに縋るのを、あきらめる。期待するのをあきらめる。外の世界にでるのをあきらめる。腹いっぱい食うのを、あきらめる。温かい蒲団で眠るのをあきらめる。」
シンはいたわりの眼差しを、眠る鏡に向けた。
「肉親への思いも執着も山ほどあきらめて、やっと生きる術を手に入れる。この子がいる場所は、それくらい生きるのが大変な所なんだ。」
「そうなのか・・・。」
セマノは、鏡に視線を移した。
「・・・なんて、可哀想で健気なサンプルだろう。愛おしいね。この子の話を聞いていると、ぼくももう一度、時舟に乗ってみたくなる。もう一度、ぼくも乗れるかもしれない。」
しばらく眺めていたが、鏡が眠りに落ちたのを確認して、二人その場を離れた。
「それで、シン。これからあの子をどうするつもり?」
「生体反応が、無断で一つ増えるのがどれだけまずいか、分かっているつもりだよ、セマノ・・・。遅かれ早かれ、いずれ上にも知れるだろうしね。取りあえずは、記憶を抜いて元に戻すことになるだろう。」
シンは、言葉を継いでセマノに言った。
「おれは、下手すればこのセクションからは、移動することになるだろうな。」
「・・・それは、困る。まだ研究したいことが、山ほど有るんだから。資料は足りないし、データベースも出来ていない。もう、関わってしまったのだから、あの子の事だってちゃんと見届けたいよ。いざとなったら、ぼくが何とか上と話をしてみよう。」
研究肌のセマノは、真剣だった。
幸い、二人の働くデータベース管理局は、自由に研究に没することが出来る分、人気のない閑職だった。東洋の純血でないせいか過去から来た子どもは、他の少ない研究員に出会っても、見た目にはそれほど違和感はないだろう。
着衣を変えて、ログを与えれば余り目立つことは無いと思えた。
ただ口にこそしなかったが、二人は内心同じことを考えていた。
鏡も少しは自覚があるようだが、いつ血を吐くかもしれない。ログの示した微弱な生命反応は、もう命が僅かしか無いと告げていた。艶やかな薔薇色の頬も、頻繁な発熱の証拠だった。恒常的な微熱に、既に慣れているのかもしれなかった。
*******
時舟で期せずして運ばれてきた旅人は、何も知らず束の間の安らぎを得て眠る・・・
夢の中・・・。
正月の絵踏衣装と呼ばれる、祭りの特別な柄の千歳花魁が、踊りながら鏡に、側においでと手招きをした。長崎奉行もやんやと喝采をあげる。
唐人の蛇踊りも、にぎやかな銅鑼の音とともに始まった。
「姉しゃま・・・」
「ああ、綺麗(きれか)ぁ。姉しゃまが、いっとう綺麗ねぇ。」
うっとりと眺める、姉は母と同じ面差しをしていた。姉が耳元にそっと告げた。
「鏡。お父(と)しゃまが、ほら。」
指し示す商館の入り口に、紅い髪の大きな男が手を振っていた。
「お父(と)しゃまぁ・・・」
涙の溢れる幸せな夢だった。
(ノд-。) あう~・・・アップするの忘れてました・・・
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コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶 ←どあほう~
「この子が産まれて、すぐサンプルに決まってから、ぼくは管理者としてずっと眺めてきた。それは、君も知っているだろう?だけど、母親の死後、こんな風に泣くのを見たのは初めてかもしれないな。」
「セマノ。花街で生まれた、男の子はみんな「あきらめる」事を、一番最初に覚えるんだ。」
「あきらめる?」
「そうだよ。誰かに縋るのを、あきらめる。期待するのをあきらめる。外の世界にでるのをあきらめる。腹いっぱい食うのを、あきらめる。温かい蒲団で眠るのをあきらめる。」
シンはいたわりの眼差しを、眠る鏡に向けた。
「肉親への思いも執着も山ほどあきらめて、やっと生きる術を手に入れる。この子がいる場所は、それくらい生きるのが大変な所なんだ。」
「そうなのか・・・。」
セマノは、鏡に視線を移した。
「・・・なんて、可哀想で健気なサンプルだろう。愛おしいね。この子の話を聞いていると、ぼくももう一度、時舟に乗ってみたくなる。もう一度、ぼくも乗れるかもしれない。」
しばらく眺めていたが、鏡が眠りに落ちたのを確認して、二人その場を離れた。
「それで、シン。これからあの子をどうするつもり?」
「生体反応が、無断で一つ増えるのがどれだけまずいか、分かっているつもりだよ、セマノ・・・。遅かれ早かれ、いずれ上にも知れるだろうしね。取りあえずは、記憶を抜いて元に戻すことになるだろう。」
シンは、言葉を継いでセマノに言った。
「おれは、下手すればこのセクションからは、移動することになるだろうな。」
「・・・それは、困る。まだ研究したいことが、山ほど有るんだから。資料は足りないし、データベースも出来ていない。もう、関わってしまったのだから、あの子の事だってちゃんと見届けたいよ。いざとなったら、ぼくが何とか上と話をしてみよう。」
研究肌のセマノは、真剣だった。
幸い、二人の働くデータベース管理局は、自由に研究に没することが出来る分、人気のない閑職だった。東洋の純血でないせいか過去から来た子どもは、他の少ない研究員に出会っても、見た目にはそれほど違和感はないだろう。
着衣を変えて、ログを与えれば余り目立つことは無いと思えた。
ただ口にこそしなかったが、二人は内心同じことを考えていた。
鏡も少しは自覚があるようだが、いつ血を吐くかもしれない。ログの示した微弱な生命反応は、もう命が僅かしか無いと告げていた。艶やかな薔薇色の頬も、頻繁な発熱の証拠だった。恒常的な微熱に、既に慣れているのかもしれなかった。
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時舟で期せずして運ばれてきた旅人は、何も知らず束の間の安らぎを得て眠る・・・
夢の中・・・。
正月の絵踏衣装と呼ばれる、祭りの特別な柄の千歳花魁が、踊りながら鏡に、側においでと手招きをした。長崎奉行もやんやと喝采をあげる。
唐人の蛇踊りも、にぎやかな銅鑼の音とともに始まった。
「姉しゃま・・・」
「ああ、綺麗(きれか)ぁ。姉しゃまが、いっとう綺麗ねぇ。」
うっとりと眺める、姉は母と同じ面差しをしていた。姉が耳元にそっと告げた。
「鏡。お父(と)しゃまが、ほら。」
指し示す商館の入り口に、紅い髪の大きな男が手を振っていた。
「お父(と)しゃまぁ・・・」
涙の溢れる幸せな夢だった。
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