びいどろ時舟 11
シンから短い説明のような言い訳を聞いて、セマノは理解したと言うか、渋々納得したようだった。仏頂面は変わらない。
「つまり・・・この子は、花魁である実姉の代わりに、身を売る羽目になったということですね。余りに、可哀想な身の上だったので、つい同情してしまったと・・・?」
シンはそうそう・・・と、軽くうなずいた。
「で、寺に葬られた引き取り手のない遺体を送るはずの移送装置に、生身の人間を放り込んでこの時代に送ったと言うことですね?」
びいどろのかめは小動物以外はまだ実験段階で、資料となる死人を送る以外は、使用禁止になっている。その移送装置を無断で使ったと、セマノは静かに怒っているのだった。
過去の生身の人間の移動で歴史が変わるのは許されない。それは「時」に関わる者が最初に刷り込まれる暗黙の不文律だった。
「それにしても、不思議なことがあるものです。この装置は、生体反応が有るものは移送できない設定なんですけどね。」と、セマノはごちた。
「調べた方がいいな。もし器械の故障だったら、面倒が起る前に廃棄にした方が良い。この子が移動したことで、過去に厄介な事が起こらなければいいけど・・・。」
言葉を継ぐセマノに返す言葉がなくて、シンは黙りこんでいる。本当のところ、シンも装置が作動するとは思っていなくて、やり過ごす間、この中にかくまってやろうと思っただけなのだった。
ところが、何かの手違いで、生きた少年がこの時代に、輸送されてしまった。予約設定してあったから、セマノの欲しがる標本も、いずれここへ送られて来るだろう。
*******
低い金属音をぶんとさせて、医療スタッフからのデータが手首のログと言う器械に送られてくる。
すぐに、室内の一部に映写された。
「あ、これは・・・」
セマノの手元の空間に、生身で送られてきた標本、鏡のデータが並ぶ。
「・・・移送できたのは、そういうことか。これは、器械の誤作動なんかじゃないぞ、シン。」
「何?何が分かった?」
「ほら、ここ。」
腕時計に似たログが指し示した空間に、思わずシンは眉をひそめた。
「記録が途絶えている。あの子も、じきに仏になる・・・と、いうことか。」
「あまりに微弱な、生命反応だったので装置が作動したようですね。」
「良かった、面倒な修理に掛けなくてすみます。」
乾いた声で、シンが嫌味を言う。
「ちょうど良かったじゃないか、セマノ。状態のいい標本が、手に入る。」
「・・・そういうことになりますね。それにしては、その顔はすごく不愉快そうですけど?」
一瞬、ぴりと空気が、張りつめた。
ぴり・・とログが震えた。
シンと呼ばれた青年の脳内に、「持ち帰った者」の意識が戻ったと、直接医療ルームからの連絡が入る。
「ぼくが助けてやろうとした理由は、会ってみればわかると思うよ。君の好きな、大昔の磁器製の人形に似ているよ。好きだろう?」
「別に、人形遊びが好きなわけでは有りません。綺麗なものが好きなだけです。」
そう言いながらも、興味を引かれたセマノもシンに同行した。シンの担当の時代の生きている人間を、初めて見るのだ。新進の有能な学芸員として、興味が湧かないわけは無かった。何しろ、時空を移動できるものは、特殊な訓練を受けた限られた一握りの者だけだった。
*******
血の気の無い白い肌を、塗った水白粉で直白くして、鏡は寝台に横たわっていた。
目はぼんやりと開いていたが、大きなショックを受けて意識は朦朧としたまま、心ここにあらずといった風情だ。
浅くつく息だけが、異常に早く荒かった。
ひゅんと、弓を射る時の振動に似た音に気付き、顔を向けた。
何もない壁にいきなり亀裂が入り、湧き出たように室内に入ってきた見覚えのある顔を見て、くしゃと歪んだ。
「あっ・・・!」
駆け寄ろうとして、長い着物の裾に足がもつれ、上半身がずり落ちそうになる。
「危ないっ!」
先に素早く支えたのは、セマノの方だ。
大きな目がうると濡れて、絹糸の金の髪のセマノに掻きついた。
(´;ω;`) 鏡:「あっ・・・!」
( *`ω´) シン:「なんで、セマノに抱きつくかなぁ・・・こういう時って、おれに来るんじゃね~の?」
(*⌒▽⌒*) セマノ:「まあまあ、子供のすることだから。」←ちょっと、いい気分。
(`・ω・´)此花:「これには、事情があるのでっす!」
柏手もポチもありがとうございます。
励みになりますので、応援よろしくお願いします。
コメント、感想等もお待ちしております。 此花咲耶
「つまり・・・この子は、花魁である実姉の代わりに、身を売る羽目になったということですね。余りに、可哀想な身の上だったので、つい同情してしまったと・・・?」
シンはそうそう・・・と、軽くうなずいた。
「で、寺に葬られた引き取り手のない遺体を送るはずの移送装置に、生身の人間を放り込んでこの時代に送ったと言うことですね?」
びいどろのかめは小動物以外はまだ実験段階で、資料となる死人を送る以外は、使用禁止になっている。その移送装置を無断で使ったと、セマノは静かに怒っているのだった。
過去の生身の人間の移動で歴史が変わるのは許されない。それは「時」に関わる者が最初に刷り込まれる暗黙の不文律だった。
「それにしても、不思議なことがあるものです。この装置は、生体反応が有るものは移送できない設定なんですけどね。」と、セマノはごちた。
「調べた方がいいな。もし器械の故障だったら、面倒が起る前に廃棄にした方が良い。この子が移動したことで、過去に厄介な事が起こらなければいいけど・・・。」
言葉を継ぐセマノに返す言葉がなくて、シンは黙りこんでいる。本当のところ、シンも装置が作動するとは思っていなくて、やり過ごす間、この中にかくまってやろうと思っただけなのだった。
ところが、何かの手違いで、生きた少年がこの時代に、輸送されてしまった。予約設定してあったから、セマノの欲しがる標本も、いずれここへ送られて来るだろう。
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低い金属音をぶんとさせて、医療スタッフからのデータが手首のログと言う器械に送られてくる。
すぐに、室内の一部に映写された。
「あ、これは・・・」
セマノの手元の空間に、生身で送られてきた標本、鏡のデータが並ぶ。
「・・・移送できたのは、そういうことか。これは、器械の誤作動なんかじゃないぞ、シン。」
「何?何が分かった?」
「ほら、ここ。」
腕時計に似たログが指し示した空間に、思わずシンは眉をひそめた。
「記録が途絶えている。あの子も、じきに仏になる・・・と、いうことか。」
「あまりに微弱な、生命反応だったので装置が作動したようですね。」
「良かった、面倒な修理に掛けなくてすみます。」
乾いた声で、シンが嫌味を言う。
「ちょうど良かったじゃないか、セマノ。状態のいい標本が、手に入る。」
「・・・そういうことになりますね。それにしては、その顔はすごく不愉快そうですけど?」
一瞬、ぴりと空気が、張りつめた。
ぴり・・とログが震えた。
シンと呼ばれた青年の脳内に、「持ち帰った者」の意識が戻ったと、直接医療ルームからの連絡が入る。
「ぼくが助けてやろうとした理由は、会ってみればわかると思うよ。君の好きな、大昔の磁器製の人形に似ているよ。好きだろう?」
「別に、人形遊びが好きなわけでは有りません。綺麗なものが好きなだけです。」
そう言いながらも、興味を引かれたセマノもシンに同行した。シンの担当の時代の生きている人間を、初めて見るのだ。新進の有能な学芸員として、興味が湧かないわけは無かった。何しろ、時空を移動できるものは、特殊な訓練を受けた限られた一握りの者だけだった。
*******
血の気の無い白い肌を、塗った水白粉で直白くして、鏡は寝台に横たわっていた。
目はぼんやりと開いていたが、大きなショックを受けて意識は朦朧としたまま、心ここにあらずといった風情だ。
浅くつく息だけが、異常に早く荒かった。
ひゅんと、弓を射る時の振動に似た音に気付き、顔を向けた。
何もない壁にいきなり亀裂が入り、湧き出たように室内に入ってきた見覚えのある顔を見て、くしゃと歪んだ。
「あっ・・・!」
駆け寄ろうとして、長い着物の裾に足がもつれ、上半身がずり落ちそうになる。
「危ないっ!」
先に素早く支えたのは、セマノの方だ。
大きな目がうると濡れて、絹糸の金の髪のセマノに掻きついた。
(´;ω;`) 鏡:「あっ・・・!」
( *`ω´) シン:「なんで、セマノに抱きつくかなぁ・・・こういう時って、おれに来るんじゃね~の?」
(*⌒▽⌒*) セマノ:「まあまあ、子供のすることだから。」←ちょっと、いい気分。
(`・ω・´)此花:「これには、事情があるのでっす!」
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