びいどろ時舟 4
「忘八」という二つ名を持つ女将のつま先を、ぽたぽたと涙を零しながら、鏡はじっと見つめていた。
時々締め付けるように胸が痛くなり、引きつるような咳が出るのは、もういけなくなった姉さん達の吐く瘴気を、長い間吸ってきたからかもしれないと鏡は思う。
肺をやられて血を吐く姉さんたちの息は、真夏の生臭い魚の腐った内臓の匂いがした。
うっかり吸い込むと、肺の奥の深い所にまで届いて、そこから少しずつ腐っていくような気がする。
姉さんたちは、華やかな街の裏側で血と汚物にまみれながら、ひっそりと息を引き取ってゆく。彼岸に旅立つ間際、長い長い息をついて、伸ばした腕の先に求める者は彼女たちが今生で愛したものの温もりだった。
そうなると、今わの際に自分は誰の名を呼べば良いのだろう。
母の、本名も知らぬ。鏡の知るのは、「睡蓮花魁」という名だけだ。千歳の胸に縋ることなどできなかった。
次第に意識も朦朧となり、錯乱した姉さん達は、末期の水を取る鏡の頭をかき抱き、恋しい人の名を呼ぶ。
馴染みの客であったり、別れた恋人の名であったり、間引いた子に密かに付けた名だったりした。
花が散るように力尽きた、崩れる指先をそっと組み合わせて胸に置く。
梅毒で崩れた顔に、鉛白で死に化粧を施す鏡に、見よう見真似の化粧師のようなことまでさせて、その上育ててもらった恩を返せと無理難題を吹っかけていた。
せめて、おっ母さんが生きていたなら、女将さんに縋って止めてくれただろうか?
鏡だけは、助けておくんなましと手を付いてくれただろうか?
「いいかえ?向こうは、目ン玉ひん剥くほどの大枚はたいてやろうと言ってるんだ。お前が一生働いたって、作れないような大金を下さろうってんだよ。」
「一度こっきり肌を合わせれば、それでもう太夫もお前も自由になれる。」
まるで夢のような話じゃないかえ?と、女将は迫った。
ますます小さくなって鏡は、首を振った。
「あ、あしには、できん。」
強く頭を振ったら、涙が散った。
「女将さん、男衆のあしには、花魁の真似事なぞ、できまっしぇん・・・どうぞ、こらえてくれんかね。」
鏡は、懸命に頭を下げた。
「たのむけん・・・たのむけん。どがんか、ゆるしてくれんね。」
返事の代わりに、女将はふうぅ・・と、煙を吐き出した。
「やれやれ、このあたしがこれほど頼んでいるものを、聞き分けの無いことだ。」
ほんの少し、顎をしゃくって男衆に合図をした。
「・・・なら、仕方がないねぇ。頼み事はこれでお終いとしようよ。」
ほんの少し期待した鏡は、うっかりと顔を上げて、鬼女の顔に張り付いた酷薄な微笑を怖気て見つめてしまった。
「お前、随分長いこと、湯にも浸かったこと無いんだろう?小汚ない面を晒してないで、いっぺん風呂番の兄さん方に、湯に入れてお貰いな。」
「・・・あ・・・っ!い・・、いやたいっ!」
逃げようとした鏡は、あっさりと転がされていた。
両腕を背後に絡め取られて、ごりと板間に顔を押さえ付けられたら、もう鏡には観念するしかない。長煙管に火をつけて、女将はゆるりと煙を燻(くゆ)らせた。
置屋の女将の頼み事と言うのは、そういうことだと端から決まっていた。
「せいぜい、磨いてから細工に取り掛かるとしようよ。行っといで。」
( -ω-)y─┛~~~~「手間のかかる子だよ、まったく。」
ヾ(。`Д´。)ノ 「こら~~、このはな~~~、ぼけ~~!、かす~~~!!」
(〃^∇^)o彡◇))「大丈夫だって!ほら、王道練習中だから、ぼろ雑巾にはならないって。行ってらっしゃい。」
ヾ(。`Д´。)ノ 「吉っちゃん!死んじゃったじゃないか~~!」
(*゚ロ゚)ハッ!! 「・・・・!」|)≡サッ!!
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