情人よ、深く眠れ 1
陽太の腕の中に、最愛の人が居た。
精神科で催眠療法を受け、深く眠ってるのは、心の中に別の人格を持つ「桜口充弥」だ。
充弥は中学の時に、父親の抗争に巻き込まれ犠牲になった。生まれ付いての清楚な美貌に目を付けられ、父の命の対価として求められ、反目する組の構成員たちから激しい暴行を受けた。陽太が自由な身にするまで、扱いやすい手駒の一つとして充弥は扱われていた。
「鏡弥。聞こえるか?上がって来い。」
陽太は、充弥の中で眠る鏡弥を呼んだ。
悪夢のような出来事に、心が崩壊する寸前、充弥の自我はもう一人の人格を生んだ。当時14歳だった充弥が生んだ人格、それが18歳の「鏡弥」だった。
充弥よりも少し大人で、喧嘩も強い。正義感が強く、充弥が受ける加虐の痛みを引き受けてくれる、都合のいい存在だった。
多重人格で生まれた人格は、一様に年を取らない。鏡弥も18歳で生まれた時から、ずっと18歳のままだ。
充弥が成人した今、医師でもある恋人、都築陽太(つづきひなた)は、精神医学の権威である恩師の力を借りて、充弥と充弥の中に住む鏡弥を、一人に統合しようとしていた。
「先生。鏡弥が出てきます。」
とろりと流れる視線が、陽太を捉えた。
瞬時に険しい顔つきになり、陽太を詰った。
「裏切り者の陽太。ぼくを消す気だろう?いろいろ調べていたのも分かってる。陽太は充弥だけいれば、それでいいからな?」
「鏡弥。それは違う。きちんと本気で話をしようと思って呼んだんだ。君とは長い間会えなかったな。」
「最近は充弥が酷い目に遭っていないから、出てくる必要がなかった。それに陽太は元々、ぼくよりも充弥みたいな女みたいに優しげなのが好きなんだ。初めて会った時から気付いていたよ。」
「綺麗な子が好きなのは否定しない。でも俺は、君の事も、充弥の持っている一部分だと思っている。」
「違う!一部分なんかじゃない。ぼくはぼくだ!あいつと一緒くたにするな!」
ベッドサイドの水差しを、鏡弥は壁に投げつけた。陽太と共に、教授は多重人格を静かに見守っている。
陽太が充弥を自由にし、二人の人格を一つに融合させる話を始めてから、鏡弥はあまり表に出てこなくなった。
充弥の言葉を借りれば、陽太が鏡弥を消滅させようとしていると思っているらしく「すごく怒っていて、顔も見たくないみたい。」らしい。
「甘ったれの充弥と、べたべたしてればいいだろう?ぼくが居なくても、充弥は陽太がいればやっていけるんだし。このまま引っ込んでいればいいんだろ。お望通り、目の前から消えてやるよ。」
鏡弥は充弥の受ける性的暴行に屈しない、強い精神力を持っていた。生きてゆくためなら、自分から身体を開くのもいとわない鏡弥は、痛みを快楽にすり替える特殊な被虐性を持っていた。言い換えれば、それは充弥には決してできない処世術だった。
男たちから受けた長い凌辱の末、恐怖の底で生まれた鏡弥は、元の人格とは似ても似つかぬ激しい性格を持っている。
陽太が二人を一つにする話を切り出したときも、鏡弥は激しく抵抗した。
「ぼくを消すんだ?充弥が自由になったから、もう必要ないものな。充弥だけいればいいのかもしれないけど……。だったらぼくはどうなる?生まれてきたぼくには、何の意味もないのか?ぼくがいなくなっても、充弥も陽太も困らない。清々するだけだろ……。」
「違う、違うよ、鏡弥。そうじゃないんだ。良く、聞いてくれ。ぼくには、君も充弥も二人とも大事だよ。二人とも同じように愛しているよ。俺が同じように君たちを愛しているって、君も知っているんだと思っていたよ。充弥だけじゃなく鏡弥とも、何度も愛し合っただろう?違う人格として、俺は全身全霊で愛したよ。」
「う……ん。」
「鏡弥にも、今が不自然なのはわかるだろう?君はいつまでも、学校で学んだこともない18歳のままだ。充弥を守る為だけに生まれたんだろう?だったら充弥と共に、これからずっと生きる道を考えないか?二人一緒に経験を積んで、共に大人になるんだ。」
「ぼくを……邪魔だから捨てるんじゃないの……?」
陽太は静かに頭を振った。
ああ、この子は自分のことを良くわかっている。
「それは、違う。俺にも充弥にも君は必要だよ。元々、充弥に欠けていた部分が、君なんだ。音楽の趣味だって洋服の趣味だって、君らはまるで違う。」
「ぼくを認めてるってこと……?」
「勿論。だからこそ、二つの人格が合わさるのが一番自然なんだ。鏡弥は、充弥に会える?」
「会ったことはあるけど、話をしたことはない。いつもあいつが、ぴぃぴぃ泣いているところしか見ないから。大抵、誰の声も聞こえない深いところで、あいつは泣き寝入ってるんだ。陽太に会ってからは……そんなことないけど。」
「ここに、充弥を呼べる?二人と一緒に話したいんだけど……。」
「声を掛けたことはないけど、ちょっと待ってて……。」
寝台に横たわった青年が、深層部分にもう一人の人格を探しに行った間、陽太は部屋の外に行き大きな姿見を用意した。
「教授。さっきのが鏡弥です。充弥が、暴力から自分を守る為に作り出した人格です。」
「彼らの中に、君はほかの人格は感じたことはないか?」
「自分があったことが有るのは、あの二人だけです。同時に呼び出してみますか?」
「大抵の多重人格者の中に、個人の最善の部分が存在するはずだ。ISHという存在が治療の助力になる。」
陽太は、教材としてビデオ録画された多重人格の症例を見たことが有った。彼らは、鏡の中に、姿かたちも似ていない自分以外の誰かを見るらしい。
そして、Inner Self Helper(内部の助力者)は、彼らの観察者として存在する。
「鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス」の続編です。
充弥と、鏡弥。二つの人格を統合しようとしている場面から始まりました。
多重人格について色々調べましたが、専門家ではないので、優しくしてね。(〃ー〃)
(´・ω・`) ……書きはじめると……どうやら、これってBLじゃないかも~。
でも完結させておきたいので、続編としてアップします。
短編です。お付き合いいただければ、うれしいです。 此花咲耶
精神科で催眠療法を受け、深く眠ってるのは、心の中に別の人格を持つ「桜口充弥」だ。
充弥は中学の時に、父親の抗争に巻き込まれ犠牲になった。生まれ付いての清楚な美貌に目を付けられ、父の命の対価として求められ、反目する組の構成員たちから激しい暴行を受けた。陽太が自由な身にするまで、扱いやすい手駒の一つとして充弥は扱われていた。
「鏡弥。聞こえるか?上がって来い。」
陽太は、充弥の中で眠る鏡弥を呼んだ。
悪夢のような出来事に、心が崩壊する寸前、充弥の自我はもう一人の人格を生んだ。当時14歳だった充弥が生んだ人格、それが18歳の「鏡弥」だった。
充弥よりも少し大人で、喧嘩も強い。正義感が強く、充弥が受ける加虐の痛みを引き受けてくれる、都合のいい存在だった。
多重人格で生まれた人格は、一様に年を取らない。鏡弥も18歳で生まれた時から、ずっと18歳のままだ。
充弥が成人した今、医師でもある恋人、都築陽太(つづきひなた)は、精神医学の権威である恩師の力を借りて、充弥と充弥の中に住む鏡弥を、一人に統合しようとしていた。
「先生。鏡弥が出てきます。」
とろりと流れる視線が、陽太を捉えた。
瞬時に険しい顔つきになり、陽太を詰った。
「裏切り者の陽太。ぼくを消す気だろう?いろいろ調べていたのも分かってる。陽太は充弥だけいれば、それでいいからな?」
「鏡弥。それは違う。きちんと本気で話をしようと思って呼んだんだ。君とは長い間会えなかったな。」
「最近は充弥が酷い目に遭っていないから、出てくる必要がなかった。それに陽太は元々、ぼくよりも充弥みたいな女みたいに優しげなのが好きなんだ。初めて会った時から気付いていたよ。」
「綺麗な子が好きなのは否定しない。でも俺は、君の事も、充弥の持っている一部分だと思っている。」
「違う!一部分なんかじゃない。ぼくはぼくだ!あいつと一緒くたにするな!」
ベッドサイドの水差しを、鏡弥は壁に投げつけた。陽太と共に、教授は多重人格を静かに見守っている。
陽太が充弥を自由にし、二人の人格を一つに融合させる話を始めてから、鏡弥はあまり表に出てこなくなった。
充弥の言葉を借りれば、陽太が鏡弥を消滅させようとしていると思っているらしく「すごく怒っていて、顔も見たくないみたい。」らしい。
「甘ったれの充弥と、べたべたしてればいいだろう?ぼくが居なくても、充弥は陽太がいればやっていけるんだし。このまま引っ込んでいればいいんだろ。お望通り、目の前から消えてやるよ。」
鏡弥は充弥の受ける性的暴行に屈しない、強い精神力を持っていた。生きてゆくためなら、自分から身体を開くのもいとわない鏡弥は、痛みを快楽にすり替える特殊な被虐性を持っていた。言い換えれば、それは充弥には決してできない処世術だった。
男たちから受けた長い凌辱の末、恐怖の底で生まれた鏡弥は、元の人格とは似ても似つかぬ激しい性格を持っている。
陽太が二人を一つにする話を切り出したときも、鏡弥は激しく抵抗した。
「ぼくを消すんだ?充弥が自由になったから、もう必要ないものな。充弥だけいればいいのかもしれないけど……。だったらぼくはどうなる?生まれてきたぼくには、何の意味もないのか?ぼくがいなくなっても、充弥も陽太も困らない。清々するだけだろ……。」
「違う、違うよ、鏡弥。そうじゃないんだ。良く、聞いてくれ。ぼくには、君も充弥も二人とも大事だよ。二人とも同じように愛しているよ。俺が同じように君たちを愛しているって、君も知っているんだと思っていたよ。充弥だけじゃなく鏡弥とも、何度も愛し合っただろう?違う人格として、俺は全身全霊で愛したよ。」
「う……ん。」
「鏡弥にも、今が不自然なのはわかるだろう?君はいつまでも、学校で学んだこともない18歳のままだ。充弥を守る為だけに生まれたんだろう?だったら充弥と共に、これからずっと生きる道を考えないか?二人一緒に経験を積んで、共に大人になるんだ。」
「ぼくを……邪魔だから捨てるんじゃないの……?」
陽太は静かに頭を振った。
ああ、この子は自分のことを良くわかっている。
「それは、違う。俺にも充弥にも君は必要だよ。元々、充弥に欠けていた部分が、君なんだ。音楽の趣味だって洋服の趣味だって、君らはまるで違う。」
「ぼくを認めてるってこと……?」
「勿論。だからこそ、二つの人格が合わさるのが一番自然なんだ。鏡弥は、充弥に会える?」
「会ったことはあるけど、話をしたことはない。いつもあいつが、ぴぃぴぃ泣いているところしか見ないから。大抵、誰の声も聞こえない深いところで、あいつは泣き寝入ってるんだ。陽太に会ってからは……そんなことないけど。」
「ここに、充弥を呼べる?二人と一緒に話したいんだけど……。」
「声を掛けたことはないけど、ちょっと待ってて……。」
寝台に横たわった青年が、深層部分にもう一人の人格を探しに行った間、陽太は部屋の外に行き大きな姿見を用意した。
「教授。さっきのが鏡弥です。充弥が、暴力から自分を守る為に作り出した人格です。」
「彼らの中に、君はほかの人格は感じたことはないか?」
「自分があったことが有るのは、あの二人だけです。同時に呼び出してみますか?」
「大抵の多重人格者の中に、個人の最善の部分が存在するはずだ。ISHという存在が治療の助力になる。」
陽太は、教材としてビデオ録画された多重人格の症例を見たことが有った。彼らは、鏡の中に、姿かたちも似ていない自分以外の誰かを見るらしい。
そして、Inner Self Helper(内部の助力者)は、彼らの観察者として存在する。
「鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス」の続編です。
充弥と、鏡弥。二つの人格を統合しようとしている場面から始まりました。
多重人格について色々調べましたが、専門家ではないので、優しくしてね。(〃ー〃)
(´・ω・`) ……書きはじめると……どうやら、これってBLじゃないかも~。
でも完結させておきたいので、続編としてアップします。
短編です。お付き合いいただければ、うれしいです。 此花咲耶
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