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鏡の中の眠れるヘルマプロデュートス 10 

桜口充弥の二重人格の要因は、分かりやすく説明できる。

肉体を苛まれる現実から意識を切り離し、作り上げた違う人格に意識を開け渡すことは本能的な防衛反応だ。
精神的、肉体的に与えられる激しい苦痛を、快楽と感じる新しい人格(鏡弥)を作り、充弥は現実から逃避した。
充弥は痛みに耐えかねて、自分のすべてを丸ごと鏡弥に手渡した。
……だから、ここに居るのは充弥の作り上げた別人格の「鏡弥」だ。中学生の充弥よりも少し大きくて、粗暴な一面を持つ。加虐を苦しみとしない。

陽太は嬌声を上げる、鏡弥に手を伸ばした。

「鏡弥は、充弥の中に居るんだな。」

艶めかしい鏡弥が、口角を上げてにっと笑った。

「今は、充弥の方が沈んでいる。陽太は……ぼくが好き?」

「ああ。すごく魅力的だ。全てが官能的だ、鏡弥。」

艶めかしい笑みを浮かべて、鏡弥は満足げだった。
充弥は年上だが、大人しく甘えん坊だ。陽太の顔を見るなりすぐに飛びついてきて、身体のどこかを触ろうとする。
体温を感じているのが好きなのだそうだ。恥ずかしがり屋で、頭がいい。

鏡弥は身体の痛みを、享楽に置き換えることができる。
連れてこられた頃、首を締めれば弛緩したそこが収縮すると言って、何度も締め落されたことが有るらしい。

だから、鏡弥は陽太に首を絞めてくれとねだる。初めは驚いて断っていた陽太も、いつしか慣れた。鏡弥にとっての痛みは、快楽に取って代わる様に充弥が作ったのだと思う。

「こうしていると、安心するの……。」

女の子のような充弥は、腕を巻き付けそう言った。清純で無垢な充弥は、誰にも汚されていないような顔をしている。
桜口組の愛人の息子、充弥は、抗争に敗れた極道の親父のしりぬぐいの為、何も知らないまま野獣の中に放りこまれた。幹部ですら保身に走り、愛人とはいえ組長の実の息子を救おうとはしなかったと金融業の社長は言った。
父の不始末の代わりに受ける理不尽な被虐に、連れ去られた充弥は長い間晒され、大勢の共有の『物』になった。

自我が崩壊するような苦しみの中で、新しい人格を作る話は有名だ。
性的虐待を受けた子供たちの中には、いくつもの人格を持ち環境に対応して生きて来たものが多い。充弥も命の危険を感じるほどの、終わりの見えない過酷な暴力に耐えかねていたと、想像がつく。
まだ幼かった充弥は、ズタズタに引き裂かれる肉体と自我の崩壊の寸前、自分の中にもう一人の自分「鏡弥」を生んだ。
この苦しい状況を代わってくれる、凌辱を喜びとするもう一つの人格。痛みを替わってくれる都合のいい存在。

「……そうだったのか。だけど、充弥は何故、鏡弥と別れろと言ったんだ?それは、縁を斬りたかったという事なのか?」

「ぼくね……。陽太がどんどん疲れてゆくのを、見ていられなかった。大学に戻してあげたかった。だから、本当は、ぼくは会ってはいけないって言われていたけど……。ぼくの役目は、大学へ行って、使えそうな玉を探して来ることだと言われていたのだけど。初めて本気で誰かを好きになったから……。」

最初、陽太に会ったのは充弥だった。ぎこちなく身体を許したのも、充弥。
そこまでわかってしまえば、話は簡単だ。
そう聞いて、全てに納得がゆく。清らかな出会いから想像もつかない、突然の手慣れた行為に変わり驚いた日があった。
陽太は、自分を守ろうとした充弥に腕を伸ばし、そっと胸に抱いた。

「いきなり積極的になったと思ったのは、充弥が鏡弥に代わったからだったんだな。最初は会話するのさえ、大人しい女の子のようにぎこちなかった。」

不意に、充弥が上目遣いになった。くすっと悪戯っぽく笑う。

「陽太さん……は、充弥と鏡弥、どっちが好きなの……?」

「そんな風に、鏡弥は充弥の振りもできるんだな。」

「うふふ、ばれた?かまととの方が、受けがいいからね。ぼくは、どっちにもなれるよ。充弥は、ぼくにはなれないけどね。あいつは、女の子みたいに扱われるのが好きなんだ。内緒だけどね、あいつはほんとは女の子に生まれたかったんだよ。可愛いものや綺麗なものが好きなんだ。」

「そうか。本当に、まるきり別の人格なんだな。」

陽太は自分なりに二人を知り、区別を付けるようになっていた。
鏡弥はセクスが好きで、烈しくされるのが好きだ。首を絞めてくれと言われた時に驚いたのは、もうずいぶん昔のような気がする。
精液が透明になるほど吐精させられても、行為から離れたがらないのは鏡弥の方だ。鏡弥は充弥が気を失った後に出てくる、セクス依存の人格だ。粗暴で単純、充弥ほど頭も良くない気がする。年齢は、17歳だと言っていた。
それはきっと、充弥が初めて酷い目に合った時に、年上に縋ったのだと思う。鏡弥は17歳で生まれて、ずっとそのまま成長することはない。作られた人格は、年を取らない。

陽太は色々調べて、二人を理解した。
鏡弥が劣情を貪りつくされて、力尽きた後、そっと様子を伺いながらおずおずと充弥が顔を覗かせる。だが、大抵は加虐の限りを尽くされて身体は酷いことになっている。
充弥は痛みに身を絞り、陽太の胸で泣いた。

「陽太ぁ……痛いよう……えぇ~~~ん……」

小さな子供のように泣き縋る充弥を、陽太は愛した。全てを知っても変わりなく愛せる自分に、驚いても居た。
手当てをしながら、優しく宥めた。

「よしよし。優しく抱いてやるからな。泣くな……。痛かったら、鏡弥と代わるか?」

「ううん。陽太と一緒に居たいから、我慢してこのままでいる。陽太の胸で眠りたい。」

「そうか。充弥は可愛いな。何もしないでいいから、お眠り。」

「ん……とくとくってね、鼓動が聞こえる……。眠るまで、抱いていてね。キスして、陽太さん。」

充弥は、小さな子猫のように丸まって、人肌を求めた。




一つの身体に、聖らかな充弥と、淫乱な鏡弥。
陽太はどちらを選ぶのか……。

明日で終わります。 此花咲耶


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