情人よ、深く眠れ 2
鏡の中に、充弥は鏡弥を見ていた。
「……こうして話すのは初めてだね。鏡弥なんだ……?」
「ああ。」
独り芝居のような二人の会話を、陽太は見つめていた。
「鏡弥は、ぼくが酷い目に遭った時だけ出て来るんだよね。記憶が飛ぶから、大分前から薄々は気付いていたよ。ぼくが気を失って、覚えていなくても、あいつらがいつも満足してたのが不思議だった。」
「ぼくは充弥が気を失った時だけ、表に出てこれるんだ。あんなひどい目に遭って、普通なら狂ってもおかしくないと思うよ……。だから、ぼくを作ったんだろう?充弥は現実から、逃げたかったんだろう?充弥は無意識に、ぼくに痛みを快楽だと教えたんだ。だから、ぼくには耐えることが出来た。」
「きっと、そうだ。怖かったんだ……。毎日、知らない男に抱かれるのは身の毛がよだつほど、怖かった。縛り上げて、身体中舐めまわすんだ、そんなそそる顔するなよって耳元で言うんだ。ぼくは、毎日……辛かった……。誰も助けてくれなかった。実の父親すら、ぼくが連れて行かれる時に、顔を背けたよ。逃げた母親にそっくりらしいから、厄介払いしたつもりじゃなかったのかな……。できるなら死にたいと、毎日思ってた。」
「死ぬのだって、勇気がいるさ。」
「……うん。狂ってしまえたらって思ったけど叶わなかった。誰か代わってって、いつも心の中で叫んでいた。だから……君が生まれた。」
陽太は鏡に向かって声を掛けた。
「充弥の目には、鏡弥はどんな風に映ってる?」
「鏡弥は……、一見したところ、とてもぼくに似ている。双子だと言ってもいいくらいだ。でも、やっぱり今は鏡弥の方が年下になったのかな。こうしてみると、ぼくのほうが少し背が高いみたいだ。」
「ぼくは……成長しないからな。誰の目にも、ほんとの姿は見えないし……。」
「ぼくには、見えてるよ。」
充弥は鏡に近付くと鏡をぎゅっと抱きしめた。まるで、鏡弥を抱くように……。
「ごめんね……鏡弥、いきなり統合なんて言い出して。これではまるで君を酷い目に遭わせたばかりか、もう用がないから消えてくれって言ってるみたいだね。」
「……そうじゃないか。そうとしか思えない。充弥はぼくが邪魔になったんだろう?陽太を独り占めにしたいんだ。」
「違うんだよ。鏡弥。陽太にも聞いたんだけどね、統合って言うのは二人を合わせて、新しい人格を作ることなんだって。」
「……新しい人格……?それは、二人ともいなくなるってこと?」
陽太は話に割って入った。
「鏡弥。充弥には話をしたんだが、君にはまだきちんと伝えていなかった。もし、統合してどちらかが消えるとしたら、それは鏡弥が消えると決まったわけじゃないんだ。」
「どういうこと?」
「鏡弥の方が本質なら、ぼくの方が消えるかもしれないってことだよ。」
陽太は、鏡弥か充弥の手を握り、そっと引き寄せた。
「不思議なものでね、症例を見る限りだと、いろいろな報告があるんだよ。「桜口充弥」の生まれ持った本質がどちらなのかは、俺には分からない。ただ、俺は悲観していないよ。鏡弥も充弥と一緒に成長できればいいと思ってるんだ。鏡弥も独りの人間だ。俺は欲張りだから、鏡弥も充弥も失いたくないって思っているし、新しい人格はきっと充弥と鏡弥、二人が合わさった物だと思う。」
「そんな都合のいい話が、あるかよ。」
「そうだな、鏡弥。確かにこれは、もしかすると賭けみたいなものかもしれない。充弥が残っても、君が残っても、はた目には、戸籍上存在する桜口充弥には、何の変化も起こらないし、世間的には何も変わらない。ただ、君ら二人を知っているぼくは、残るのがどちらでもいいと思っている。」
「なぜ?充弥は陽太の事を好きだろう?いなくなったら会えなくなるじゃないか。それでもいいのかよ?」
「充弥に聞いてみな。そう言ったのは、充弥だからな。」
鏡の中に向かって、充弥が答えた。
「いいんだ、鏡弥。死ぬほどつらい時に……鏡弥はぼくの事を守ってくれた。覚えてるんだ。初めて君が出てきた時、「泣くな、後はぼくが代わってやるから……」って、言ってくれた。ずっと君に甘えて、ひどい目に遭わせてごめんね。逃げてばかりで、ぼくは……鏡弥がいなかったら、生きてこれなかった。きっと、とうに自殺していたと思う。ぼくは、きみにきちんとお礼を言ったこともなかった。これまで、ありがとう……鏡弥。君がいたからぼくはここにいる。」
鏡の中の鏡弥は、その言葉に驚いたようだった。二人は互いに見つめ合い、いつか滂沱の涙を流していた。鏡弥は照れたのか、ぶっきらぼうな物言いをした。
「馬鹿野郎……。自分に礼を言ってどうするんだ……。元々、ぼくの身体じゃないんだし、消えるんだったらぼくの方が良いんだろ?なあ、陽太?」
「鏡弥。充弥はお前に感謝しているんだ。ずっと伝えたかったんだよ。」
「わかってるよ、そんなこと。言ってみただけだ。……で、統合した後って、どうなるの?」
どうやら鏡弥は、自分が邪魔になったから消滅させようとしているのではないと、理解したようだった。前向きに、統合の話を聞こうとしていた。
「一般論で言うなら、新しい人格は、充弥と鏡弥、互いの経験をなぞり、二人分の記憶を持つことになる。」
そう聞くなり、鏡弥は悲鳴をあげた。
「そっ、そんなこと駄目だ!充弥には酷だ。散々、おもちゃにされてきたんだ。あんな記憶を充弥が知ったら、壊れちまうっ!やめてくれっ!」
「落ち着け、鏡弥。」
「ややこしい事はいいから、さっさとぼくを消せよ!くそっ……」と鏡弥は叫んだ。どんと鏡を叩き、鏡弥は激高すると、姿を消した。
「鏡弥!待て。消えるな!まだ話は終わっていない。ああ、もう……。」
鏡の中の充弥が、ふっと笑って陽太を見た。
「……ねぇ、困っているなら、手を貸しましょうか?」
「充弥……?」
「いいえ。充弥でも鏡弥でもありません。二人は内側で話をしています。」
これまで会ったことの無かった、新しい人格が出現した。
「都築君。おそらくISH……だ。」
小さく教授が告げた。
新しい人格の出現です。
ISHというのは、多重人格の中の「良心」のような存在らしいです。
何とか、充弥と鏡弥が上手く一人に統合し、明るい未来へ進めるようにお話を考えています。(`・ω・´)
後、一話でまとまるかな……此花咲耶
「……こうして話すのは初めてだね。鏡弥なんだ……?」
「ああ。」
独り芝居のような二人の会話を、陽太は見つめていた。
「鏡弥は、ぼくが酷い目に遭った時だけ出て来るんだよね。記憶が飛ぶから、大分前から薄々は気付いていたよ。ぼくが気を失って、覚えていなくても、あいつらがいつも満足してたのが不思議だった。」
「ぼくは充弥が気を失った時だけ、表に出てこれるんだ。あんなひどい目に遭って、普通なら狂ってもおかしくないと思うよ……。だから、ぼくを作ったんだろう?充弥は現実から、逃げたかったんだろう?充弥は無意識に、ぼくに痛みを快楽だと教えたんだ。だから、ぼくには耐えることが出来た。」
「きっと、そうだ。怖かったんだ……。毎日、知らない男に抱かれるのは身の毛がよだつほど、怖かった。縛り上げて、身体中舐めまわすんだ、そんなそそる顔するなよって耳元で言うんだ。ぼくは、毎日……辛かった……。誰も助けてくれなかった。実の父親すら、ぼくが連れて行かれる時に、顔を背けたよ。逃げた母親にそっくりらしいから、厄介払いしたつもりじゃなかったのかな……。できるなら死にたいと、毎日思ってた。」
「死ぬのだって、勇気がいるさ。」
「……うん。狂ってしまえたらって思ったけど叶わなかった。誰か代わってって、いつも心の中で叫んでいた。だから……君が生まれた。」
陽太は鏡に向かって声を掛けた。
「充弥の目には、鏡弥はどんな風に映ってる?」
「鏡弥は……、一見したところ、とてもぼくに似ている。双子だと言ってもいいくらいだ。でも、やっぱり今は鏡弥の方が年下になったのかな。こうしてみると、ぼくのほうが少し背が高いみたいだ。」
「ぼくは……成長しないからな。誰の目にも、ほんとの姿は見えないし……。」
「ぼくには、見えてるよ。」
充弥は鏡に近付くと鏡をぎゅっと抱きしめた。まるで、鏡弥を抱くように……。
「ごめんね……鏡弥、いきなり統合なんて言い出して。これではまるで君を酷い目に遭わせたばかりか、もう用がないから消えてくれって言ってるみたいだね。」
「……そうじゃないか。そうとしか思えない。充弥はぼくが邪魔になったんだろう?陽太を独り占めにしたいんだ。」
「違うんだよ。鏡弥。陽太にも聞いたんだけどね、統合って言うのは二人を合わせて、新しい人格を作ることなんだって。」
「……新しい人格……?それは、二人ともいなくなるってこと?」
陽太は話に割って入った。
「鏡弥。充弥には話をしたんだが、君にはまだきちんと伝えていなかった。もし、統合してどちらかが消えるとしたら、それは鏡弥が消えると決まったわけじゃないんだ。」
「どういうこと?」
「鏡弥の方が本質なら、ぼくの方が消えるかもしれないってことだよ。」
陽太は、鏡弥か充弥の手を握り、そっと引き寄せた。
「不思議なものでね、症例を見る限りだと、いろいろな報告があるんだよ。「桜口充弥」の生まれ持った本質がどちらなのかは、俺には分からない。ただ、俺は悲観していないよ。鏡弥も充弥と一緒に成長できればいいと思ってるんだ。鏡弥も独りの人間だ。俺は欲張りだから、鏡弥も充弥も失いたくないって思っているし、新しい人格はきっと充弥と鏡弥、二人が合わさった物だと思う。」
「そんな都合のいい話が、あるかよ。」
「そうだな、鏡弥。確かにこれは、もしかすると賭けみたいなものかもしれない。充弥が残っても、君が残っても、はた目には、戸籍上存在する桜口充弥には、何の変化も起こらないし、世間的には何も変わらない。ただ、君ら二人を知っているぼくは、残るのがどちらでもいいと思っている。」
「なぜ?充弥は陽太の事を好きだろう?いなくなったら会えなくなるじゃないか。それでもいいのかよ?」
「充弥に聞いてみな。そう言ったのは、充弥だからな。」
鏡の中に向かって、充弥が答えた。
「いいんだ、鏡弥。死ぬほどつらい時に……鏡弥はぼくの事を守ってくれた。覚えてるんだ。初めて君が出てきた時、「泣くな、後はぼくが代わってやるから……」って、言ってくれた。ずっと君に甘えて、ひどい目に遭わせてごめんね。逃げてばかりで、ぼくは……鏡弥がいなかったら、生きてこれなかった。きっと、とうに自殺していたと思う。ぼくは、きみにきちんとお礼を言ったこともなかった。これまで、ありがとう……鏡弥。君がいたからぼくはここにいる。」
鏡の中の鏡弥は、その言葉に驚いたようだった。二人は互いに見つめ合い、いつか滂沱の涙を流していた。鏡弥は照れたのか、ぶっきらぼうな物言いをした。
「馬鹿野郎……。自分に礼を言ってどうするんだ……。元々、ぼくの身体じゃないんだし、消えるんだったらぼくの方が良いんだろ?なあ、陽太?」
「鏡弥。充弥はお前に感謝しているんだ。ずっと伝えたかったんだよ。」
「わかってるよ、そんなこと。言ってみただけだ。……で、統合した後って、どうなるの?」
どうやら鏡弥は、自分が邪魔になったから消滅させようとしているのではないと、理解したようだった。前向きに、統合の話を聞こうとしていた。
「一般論で言うなら、新しい人格は、充弥と鏡弥、互いの経験をなぞり、二人分の記憶を持つことになる。」
そう聞くなり、鏡弥は悲鳴をあげた。
「そっ、そんなこと駄目だ!充弥には酷だ。散々、おもちゃにされてきたんだ。あんな記憶を充弥が知ったら、壊れちまうっ!やめてくれっ!」
「落ち着け、鏡弥。」
「ややこしい事はいいから、さっさとぼくを消せよ!くそっ……」と鏡弥は叫んだ。どんと鏡を叩き、鏡弥は激高すると、姿を消した。
「鏡弥!待て。消えるな!まだ話は終わっていない。ああ、もう……。」
鏡の中の充弥が、ふっと笑って陽太を見た。
「……ねぇ、困っているなら、手を貸しましょうか?」
「充弥……?」
「いいえ。充弥でも鏡弥でもありません。二人は内側で話をしています。」
これまで会ったことの無かった、新しい人格が出現した。
「都築君。おそらくISH……だ。」
小さく教授が告げた。
新しい人格の出現です。
ISHというのは、多重人格の中の「良心」のような存在らしいです。
何とか、充弥と鏡弥が上手く一人に統合し、明るい未来へ進めるようにお話を考えています。(`・ω・´)
後、一話でまとまるかな……此花咲耶
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