落日の記憶 1
通いなれた洋館の螺旋階段を慌ただしく駆け上り、澄川財閥の直系、澄川東呉(すみかわとうご)は当主の部屋を訪ねた。大学を卒業してから、系列会社に入社以来既に数年の時が経っている。
少年の面影を残し、東呉は26歳になっていた。
「柳川さん。じいちゃんの具合はどうなの?」
「ああ、東呉さま。少し高い熱が出ましたので、連絡させていただきました。今はお薬が良く効いて熱も平熱まで下がったようです。驚かせて申し訳ございません。」
「そうか~。良かったよ。熱が下がらないって言うからさ、肺炎にでもなったかと思った。ほら、子供と老人の肺炎って怖いじゃない。」
そっと扉を押して、中の様子を覗いた。
薄暗がりの部屋から、「東呉か……」と呼ぶ声がした。
「うん。じいちゃん、大丈夫か?」
「ここにおいで。もう気分はいいんだ。柳川は大げさで困る。」
「旦那様。ご無理はいけません。」
起き上がろうとした主人に、執事の柳川は思わず口調を荒げた。子供のころから長年、寄り添って生きて来たと言う柳川には、当主も頭が上がらない。身内よりも長く一緒に過ごして来たのです、と以前聞いたことが有った。
「柳川……久しぶりに夢を見たよ。」
『なんの夢でございますか?』
『なんの夢を見たの?』
思わず同じ質問をしてしまい、柳川と東呉は顔を見合わせて笑った。
「あれは……あの風景は、子供の頃に初めて訪れた大江戸だったな。紅柄格子の二階建てが、明々とした雪洞(ぼんぼり)に照らされていた……美しいが誰もいない場所は寒々としていて、柳川が傍に居なければ逃げ出してしまいそうだった。」
「そうですか。柳川もお傍に居りましたか。」
「腐れ縁だの。」
「そういえば、爺ちゃんも大江戸に行ったことが有ったんだ。あそこは、夢みたいな場所だったね。ぼくも時々は思い出すよ。初めて見た水化粧の雪華花魁の姿は、ほんとに夢のように綺麗だった。」
「そうだな。東呉には一度話しておくのもいいかもしれない。その昔……わしの時代にも、色々なことが有った。」
祖父は寝室に置いた写真立ての、一枚の色あせた写真を懐かしむようにじっと見つめた。
「それ、じいちゃんの昔の写真?」
「いや……これは、兄の光尋とその情人の写真だ。」
「軽装だけど、これ。この人は花魁だよね。」
「ああ。戦後すぐのころの、花菱楼の雪華大夫だ。この人が居なかったら、今のわしはここに居ない。大江戸で一方ならぬ世話になったんだ……まさに地獄で仏……ではないな、菩薩にあったような心持がした。」
「へぇ……。由綺哉さんの何代前の雪華花魁だろう。この人も綺麗だね。」
セピア色の写真を眺めていると、極彩色の懐かしい大江戸の風景が脳裏に浮かんだ。
じいちゃんは、その昔かなりの美人だった設定です。(〃゚∇゚〃)
新しいお話は、じいちゃんが子供のころのお話です。
よろしくお願いします。 (*⌒▽⌒*)♪
少年の面影を残し、東呉は26歳になっていた。
「柳川さん。じいちゃんの具合はどうなの?」
「ああ、東呉さま。少し高い熱が出ましたので、連絡させていただきました。今はお薬が良く効いて熱も平熱まで下がったようです。驚かせて申し訳ございません。」
「そうか~。良かったよ。熱が下がらないって言うからさ、肺炎にでもなったかと思った。ほら、子供と老人の肺炎って怖いじゃない。」
そっと扉を押して、中の様子を覗いた。
薄暗がりの部屋から、「東呉か……」と呼ぶ声がした。
「うん。じいちゃん、大丈夫か?」
「ここにおいで。もう気分はいいんだ。柳川は大げさで困る。」
「旦那様。ご無理はいけません。」
起き上がろうとした主人に、執事の柳川は思わず口調を荒げた。子供のころから長年、寄り添って生きて来たと言う柳川には、当主も頭が上がらない。身内よりも長く一緒に過ごして来たのです、と以前聞いたことが有った。
「柳川……久しぶりに夢を見たよ。」
『なんの夢でございますか?』
『なんの夢を見たの?』
思わず同じ質問をしてしまい、柳川と東呉は顔を見合わせて笑った。
「あれは……あの風景は、子供の頃に初めて訪れた大江戸だったな。紅柄格子の二階建てが、明々とした雪洞(ぼんぼり)に照らされていた……美しいが誰もいない場所は寒々としていて、柳川が傍に居なければ逃げ出してしまいそうだった。」
「そうですか。柳川もお傍に居りましたか。」
「腐れ縁だの。」
「そういえば、爺ちゃんも大江戸に行ったことが有ったんだ。あそこは、夢みたいな場所だったね。ぼくも時々は思い出すよ。初めて見た水化粧の雪華花魁の姿は、ほんとに夢のように綺麗だった。」
「そうだな。東呉には一度話しておくのもいいかもしれない。その昔……わしの時代にも、色々なことが有った。」
祖父は寝室に置いた写真立ての、一枚の色あせた写真を懐かしむようにじっと見つめた。
「それ、じいちゃんの昔の写真?」
「いや……これは、兄の光尋とその情人の写真だ。」
「軽装だけど、これ。この人は花魁だよね。」
「ああ。戦後すぐのころの、花菱楼の雪華大夫だ。この人が居なかったら、今のわしはここに居ない。大江戸で一方ならぬ世話になったんだ……まさに地獄で仏……ではないな、菩薩にあったような心持がした。」
「へぇ……。由綺哉さんの何代前の雪華花魁だろう。この人も綺麗だね。」
セピア色の写真を眺めていると、極彩色の懐かしい大江戸の風景が脳裏に浮かんだ。
じいちゃんは、その昔かなりの美人だった設定です。(〃゚∇゚〃)
新しいお話は、じいちゃんが子供のころのお話です。
よろしくお願いします。 (*⌒▽⌒*)♪
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