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落日の記憶 3 

基尋は父の部屋の前で、一つ大きく息を吸った。
普段、めったに直接顔を合わせることはない親子だった。

「失礼いたします、おもうさま(お父さま)。基尋です。」

「ああ、お入り。」

「……とうとう、進退窮まってしまったよ。先祖伝来の土地を全て物納することになりそうだ。金庫の中に在る金は、価値の無いただの紙くずになってしまった。」

「……そうですか。暎子お姉さまから頂いたお金を納めても、足りなかったのですか?」

美貌で名を馳せた姉、柏宮内親王暎子は、柏宮家を守る為、多額の結納金を目当てに好きな男の元へ嫁ぐのを諦め、華族でも何でもない叩き上げの戦争成金と婚儀をした。伯父に当たる本郷宮の紹介だった。
ご婦人方は、まるで不似合な祖父と孫のような華燭の典に、華族のお姫様として何不自由なく暮らしてきた暎子の気の毒な運命を思ってそっと涙した。

「結納金は破格の大金だったが、残念ながら少しの足しにしかならなかったよ。我が家の総資産の90パーセントを国庫に納めるようにとお達しだ。軽井沢の別荘も葡萄畑も、この家も手放すことになるだろう。我が家だけではなくどこも大変だ。叔父宮の所も資産が多いからね、あの大きな邸宅を物納だそうだ。」

「まあ……お気の毒に。」

「時勢という事なんだろうが……暎子には気の毒な事をした。同じ苦労をするのなら、好いた相手に嫁がせてやりたかったのだがな。」

それまでの生活が崩壊したばかりか、政府からの援助金も廃止され財産に応じた重い税を納めるには全てを手放すしかないだろうと、父は生きる望みを失った老人のようにすっかり気落ちしていた。
名家、柏宮家は、存亡の岐路に立たされている。

公家のやんごとない姫君だった母親に、そんなお金の話はできない。住んでいる家も失うと知ったら、母は失神してしまうだろう。暮らし向きの事は何もできない母だった。

父の苦悩を理解する柏宮基尋、終戦当時12歳は、家を守るために何かできないだろうかと一人、小さな胸を痛めていた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(*⌒▽⌒*)♪
じわじわいじめっ子になってしまいそうな気がします~  此花咲耶

基尋じいちゃんの運命やいかに。(`・ω・´)
ナデナデ(o・_・)ノ”(´・ω・`)「いやな予感がする~」←基尋


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