桃花散る里の秘め 24 【最終話】
「琴乃。やはり、隠居願いは取り下げるようにとの仰せであった。いずれ家名は甥の修二郎に継がせることになるだろうが、大津に関しては、成人後は格別に扶持を下されるそうだ。何でも好きにさせてよいとお墨付きを頂いた。これでわたしも一安心だ。」
「そうですか、大津に扶持をいただけるのですか。それは真にようございました。」
「こいつめ、殿を南蛮菓子の次に好きですと言いおったぞ。」
「まあ……大津……、なんという事を……」
「だって……お殿さまとは、初めてお会いしたのですもの。大津にはよくわかりませぬ。それに、父上と母上と義高さまの方が大津は好きです。」
「もう、良い。殿が寛容なお方だったから良かったものの、肝が冷えたぞ。さあ、そちは、義高の所へ菓子を持って行っておやり。」
「はい、行ってまいります。」
呆れた顔で大津を見送りながら、不思議な子だと思う。
脆く折れそうな風情の大津の中に、両親は芽吹く強さを感じていた。
*****
時が流れた。
傷も癒えた大槻義高は、大槻藩主でもある父親に許されてそのまま逗留を続けていた。
藩主が烏帽子親となり、無事元服の儀式も終わった義高は、刀を捨てることなく仕官し新しく職を得ていた。
義高は、国許から持って来ていた薬草の絵図を元に、薬膳所を作りたいと願い出て受理された。ずっと後年、飢饉の時に義高のまとめた絵図は民を飢えから救うことになる。
藩医の元で養生所を作り、藩の持つ広い畑に種々の薬草を植えた。
その傍らに、男姿の大津の姿があった。
相変わらず線は細かったが、髪を切り茶筅に結って陽を浴び鍬を振るう姿は、長い髪に玉簪を挿した少女のような大津ではなかった。額に流れる玉の汗を、ぐいと拭った。
「あ、義高さま~!」
「大津。精が出るな。金銭草(カキドオシ)を干して居るのか?」
「はい。疳の虫にはこれが良いそうです。次々に、必要な薬草を植えなければなりませんから、東の畑をもう少し開墾しないといけませんね。あ、その前に水を引く工面をしませぬと。」
「……白い手が、すっかり荒れてしまったな。」
「刀だこはありませぬが、百姓のような鍬だこができましてござりまする。ほら……」
「働き者の、良き手じゃ。」
義高はいつしか、大津と呼んでいた。
腰を下ろした東屋で、二人手を取り合って見つめていた。
「大津……仕事は辛くはないか?わたしの仕事を手伝ってくれるのはありがたいが、無理をさせているのではないかと、時折心配になるよ。元々、丈夫ではないのだから。」
「義高さまのお役にたてるのが、大津は嬉しいのです。それに、大津は草花の声を聞くのが好きです。どうすれば、元気に育つか実が大きくなるか、毎日世話をしていると話してくれます。」
「そうか、大津は草花の声が聞けるのか。」
「はい。」
「おお、そうだ。今日は久しぶりに道場で高坂殿と、手合わせをしてきた。父上の跡を継いで、間もなく武芸指南役になられるらしい。大津さまは元気にしておるかと言って居った。働き者の花むぐりは、毎日休まず花粉を運んでおりますかな……と言って居ったが、花むぐりとは、大津のことかな?。」
「さあ、知りませぬ。」
大津は花のように笑う。
愛しき姫が、愛しき人となって、義高の腕の中で咲く。
出会った時に、桃の花の精のようだと思ったいとけない姫は、今は義高の唯一無二の想い人となった。
「義高さま……大津は今が一番幸せでございます。」
「桃花散る里の秘め」 ―(完)―
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
一応の完結となりましたが、明日以降に、二人のその後のお話をあとがき代わりにあげたいと思います。
|゚∀゚)いつも一作品、一エチしかないうっすらですが、大津の初めての時はどうかなと思いながら書きました。
(*/д\*) ……穴があったら……
よろしくお願いします。 此花咲耶
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