嘘つきな唇 1
盛夏
思い出すだけで、胸が締め付けられる切ない過去があった。
今も色あせる事のない情景が、倒れそうな里流を支えていた。
*****
白球が弧を描き、スタンドに吸い込まれていく。
暫しの無音の後、勝者側の割れんばかりの歓喜の声と、敗者側の落胆のため息が交差する。
毎年、全国のあちこちで繰り返される、悲喜こもごもの夏の風景だった。
二回戦。
5回裏、相手チームの走者一掃のホームランで、コールドゲームが成立した。
最後までマウンドに立ち続けた三年生投手、織田彩は力投虚しく力尽きた。
駆け寄った捕手に抱えられてベンチに下がるその姿を、サードに居た二年の里流は滂沱の涙をぬぐおうともせず、じっと見つめていた。
試合ができるぎりぎりの人数しかいないチームで、誰も孤軍奮闘する彩を助けられなかった。
整列した弱小チームにも、応援席から惜しみないねぎらいの拍手が贈られた。
里流の一つ上の先輩、織田彩にとって高校生活最期の試合が終わった。
学校に帰ると、彩は直ぐに部室に急ごうとする二年生の片桐里流に声を掛けた。
「里流。次期キャプテンはお前だ。頑張れよ。」
「は……い。」
裏返った声に、彩は思わず帽子を取り上げ、がしがしと涙ぐんだ後輩の頭を撫ぜた。
「泣くな。俺は一回戦勝っただけでも上出来だと思っているんだ。お前ら二年が頑張ったから、このチームはここまで来たんだぞ。」
「先輩たちの……実力です。」
「ははっ。レギュラーの中に、三年は4人しかいないけどな。なぁ、来年は、もっと上を目指せよ。これだけ、経験者が残るんだ。きっとやれる。」
「先輩たちと、一緒にやれて良かったです……」
日焼けした顔に、彩は眩しい笑顔を浮かべる。
もう明日から、三年生と共に練習することもない。進学校で野球を続けて来た彼らは、これから大学受験を目指して勉強三昧の日々へと突入する。
ぐいと、手の甲で涙をぬぐった里流は、大きく頷いた。
「がんばります!先輩。これまでありがとうございました!」
「あしたーーーーっ!(ありがとうございました!)」
揃って頭を下げる下級生の頭を、一人ずつ乱暴に小突いて、三年生の彩は友人と共に野球部から去った。
*****
「終わったな~。もう先輩たちと野球できないんだな。」
「来年、一年生が入って来るまで、この人数で練習だな。里流?」
「わりぃ。ちょっとトイレ。」
しばらく迷った末に、里流は自転車置き場に急いだ。
「織田先輩!」
「どうした?部室に何か忘れていたか?」
「いえ……違います。言いたいことが有って……あの、今日の最後の一球……抜けてしまったけど、もし、うちのチームに交代要員がいて、先輩位投げられる奴が居たらって思って。……おれ……サードでいつも先輩の背中見てたから、わかったんです。最後の投球の時、とても投げれる状態じゃなかった。おれ、先輩には散々迷惑もかけたし、最後まで役に立たなくてすみませんでした。」
「ああ……足がつったの、ばれてたのか。体力配分できなかったのも、敗因だな。きっと、軽い熱中症になったんだと思う。今年の夏は、特別暑かったからな。本当のことを言うと、立ってるのがやっとだった。バッターがかすんで見えなかった。」
「先輩の最後の試合だったのに、コールド何て無様な記録を作らせてすみませんでした。おれ、もっと打てるように身体つくります。来年は、三回戦に行きます……」
里流は一生懸命話をしながら、だんだん支離滅裂になっていると自覚していた。しかし、今を逃してしまえば、もう会話すらできなくなるかもしれない。
彩が近寄って来て、ひょいと顔を覗き込んだ。
見つめる優しい視線に晒されていると、何だか今を逃してしまうと、もう二度と機会はないような気がする。一度、涙もろくなった涙腺は、歯止めが聞かなかった。
「おれ……先輩の事、尊敬……してます。好きでした、ずっと。」
「里流。」
「……迷惑かけるつもりはありません。でも、最期だから打ち明けます。先輩がいたから野球続けられました。これまで毎日付き合って下さって、ありがとうございました……」
彩は、目の前で必死に言葉を選んでいる後輩が、初めて野球部に入った時の事を思いだしていた。
本日から連載を始めます。(〃゚∇゚〃) ←昨日、寝てしまった……
野球部の先輩後輩が主人公です。
上手く、最後はらぶらぶになればいいなぁ……と思います。
よろしくお付き合いください。 此花咲耶
思い出すだけで、胸が締め付けられる切ない過去があった。
今も色あせる事のない情景が、倒れそうな里流を支えていた。
*****
白球が弧を描き、スタンドに吸い込まれていく。
暫しの無音の後、勝者側の割れんばかりの歓喜の声と、敗者側の落胆のため息が交差する。
毎年、全国のあちこちで繰り返される、悲喜こもごもの夏の風景だった。
二回戦。
5回裏、相手チームの走者一掃のホームランで、コールドゲームが成立した。
最後までマウンドに立ち続けた三年生投手、織田彩は力投虚しく力尽きた。
駆け寄った捕手に抱えられてベンチに下がるその姿を、サードに居た二年の里流は滂沱の涙をぬぐおうともせず、じっと見つめていた。
試合ができるぎりぎりの人数しかいないチームで、誰も孤軍奮闘する彩を助けられなかった。
整列した弱小チームにも、応援席から惜しみないねぎらいの拍手が贈られた。
里流の一つ上の先輩、織田彩にとって高校生活最期の試合が終わった。
学校に帰ると、彩は直ぐに部室に急ごうとする二年生の片桐里流に声を掛けた。
「里流。次期キャプテンはお前だ。頑張れよ。」
「は……い。」
裏返った声に、彩は思わず帽子を取り上げ、がしがしと涙ぐんだ後輩の頭を撫ぜた。
「泣くな。俺は一回戦勝っただけでも上出来だと思っているんだ。お前ら二年が頑張ったから、このチームはここまで来たんだぞ。」
「先輩たちの……実力です。」
「ははっ。レギュラーの中に、三年は4人しかいないけどな。なぁ、来年は、もっと上を目指せよ。これだけ、経験者が残るんだ。きっとやれる。」
「先輩たちと、一緒にやれて良かったです……」
日焼けした顔に、彩は眩しい笑顔を浮かべる。
もう明日から、三年生と共に練習することもない。進学校で野球を続けて来た彼らは、これから大学受験を目指して勉強三昧の日々へと突入する。
ぐいと、手の甲で涙をぬぐった里流は、大きく頷いた。
「がんばります!先輩。これまでありがとうございました!」
「あしたーーーーっ!(ありがとうございました!)」
揃って頭を下げる下級生の頭を、一人ずつ乱暴に小突いて、三年生の彩は友人と共に野球部から去った。
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「終わったな~。もう先輩たちと野球できないんだな。」
「来年、一年生が入って来るまで、この人数で練習だな。里流?」
「わりぃ。ちょっとトイレ。」
しばらく迷った末に、里流は自転車置き場に急いだ。
「織田先輩!」
「どうした?部室に何か忘れていたか?」
「いえ……違います。言いたいことが有って……あの、今日の最後の一球……抜けてしまったけど、もし、うちのチームに交代要員がいて、先輩位投げられる奴が居たらって思って。……おれ……サードでいつも先輩の背中見てたから、わかったんです。最後の投球の時、とても投げれる状態じゃなかった。おれ、先輩には散々迷惑もかけたし、最後まで役に立たなくてすみませんでした。」
「ああ……足がつったの、ばれてたのか。体力配分できなかったのも、敗因だな。きっと、軽い熱中症になったんだと思う。今年の夏は、特別暑かったからな。本当のことを言うと、立ってるのがやっとだった。バッターがかすんで見えなかった。」
「先輩の最後の試合だったのに、コールド何て無様な記録を作らせてすみませんでした。おれ、もっと打てるように身体つくります。来年は、三回戦に行きます……」
里流は一生懸命話をしながら、だんだん支離滅裂になっていると自覚していた。しかし、今を逃してしまえば、もう会話すらできなくなるかもしれない。
彩が近寄って来て、ひょいと顔を覗き込んだ。
見つめる優しい視線に晒されていると、何だか今を逃してしまうと、もう二度と機会はないような気がする。一度、涙もろくなった涙腺は、歯止めが聞かなかった。
「おれ……先輩の事、尊敬……してます。好きでした、ずっと。」
「里流。」
「……迷惑かけるつもりはありません。でも、最期だから打ち明けます。先輩がいたから野球続けられました。これまで毎日付き合って下さって、ありがとうございました……」
彩は、目の前で必死に言葉を選んでいる後輩が、初めて野球部に入った時の事を思いだしていた。
本日から連載を始めます。(〃゚∇゚〃) ←昨日、寝てしまった……
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上手く、最後はらぶらぶになればいいなぁ……と思います。
よろしくお付き合いください。 此花咲耶
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