嘘つきな唇 3
潮時……という言葉を、里流の母親も口にし心配していた。
母一人、子一人の家庭だった。
「あんたはスポーツ万能のお父さんとは違うのよ。喘息持ちで身体弱いんだから、もう野球なんてやめたらどうなの?夏の試合が終わったら、少し考えなさい。」
「わかってるよ。」
「そうやってはぐらかしてばかりなんだから。野球でご飯食べられるわけじゃないんだから、お母さんはそろそろ勉強だけに専念したほうが良いと思うけど?運動も勉強も何て、あんたには無理でしょ。」
「やめないって、言ってるだろ。しつこいよ、母さん。」
「頑固な所だけ、お父さんに似て……もう。」
心配する母と、しょっちゅう口論のようになっていた。
本当にこのまま続けるのは無理なのかもしれない。口答えしながらも、体力のない自分が情けなかった。
周囲に迷惑をかけ続け、先輩からもうお前は辞めろと、引導を渡される前に、自分から辞めますと言った方が良いのかもしれない。そう思うと目の奥がじんと熱を持つ。
「あの……」
これ以上迷惑を掛けたくないから、野球部を辞めますと言いかけて、言い淀んだ里流の顔を、彩はじっと見つめた。
「俺は……片桐は、よく頑張っていると思うぞ。」
「……はっ?」
思わず起き上がろうとする里流の肩を押し、寝ていろと彩は告げた。
「沢口に聞いたんだ。片桐は、喘息持ちなんだってな?」
「あ……はい。今は、大分良いですけど……医者が言うには気道が人より狭くて、余り運動には向かないみたいです。」
「子供のころからか?」
「はい。体力付けたくて、頑張っているんですけど……中々、上手くいかなくて。」
「俺に言わせると、片桐は病気との付き合い方が下手なんだよ。今日みたいに調子の悪いのを隠して走ったりすると、発作が出るだろ?」
「はい……?あの……?何でそんなこと……」
知っているのかと聞きたかった。
日に焼けた精悍な顔をくしゃと崩して、彩は額のタオルに手を伸ばした。
「良かった、熱は高くないな。……あのな、お前と同じ学年で、陸上部の織田朔良って言う奴が居るの知らないか?」
「織田……ですか?顔は知ってます。」
陸上部の織田朔良とは、クラスが違うので話をしたことはない。だが、朔良は校内でも、涼やかな風貌で一際目を引く美少年で、誰も知らない者はなかった。彩とタイプは違うが、どこか面差しが似ている気がする。
「うちの母方の方の、親戚なんだ。朔良の父親がうちの母親の伯父さんでさ。」
織田朔良は、ただ線が細いだけの自分とは違う。優美な姿とその名前から「朔良姫」と気の毒なあだ名で呼ばれ、女性扱いされるような妙な存在になっていた。
確かに華奢で、朔良も余り丈夫そうには見えなかった。
その朔良姫が、小児ぜんそくだったんだと彩は話をした。
「すぐに熱は出すしアトピーは酷いし、喘息に良いからって水泳始めたら、すぐに滲出性の中耳炎になるし。俺、家も近かったしガキの頃、結構面倒見てたんだよ。」
「そうだったんですか。」
「あいつも細いけど、陸上部で何とかやってるだろ?俺の後を一生懸命くっ付いて走ったりしてたから、朔良は丈夫になったんだと思うんだ。やっぱり体力付けるなら持久走だな。」
ゆっくりと起き上がる里流に手を貸し、どんとベンチの横に座って彩は諭すように話をした。
「片桐も無理をせずに、毎日、少しずつ体力をつけろ。ロード練習も無理せずに1キロ走れたら、次は2キロって距離を伸ばして行こう。俺が卒業までに、お前を元気にしてやる。もっと肉を付けてがんがん走ったら、きっと付いてこれるようになるからな。諦めるなよ?一緒に夏の大会に出るぞ。」
「は……ぃ。……あっ……」
ふいに溢れた涙に、里流よりも彩の方が慌てた。
「片桐!どうした?苦しいのか?……片桐……?いいから、息が辛いなら横になれ。」
「すみません……おれ、うれしくて。みんなの足手まといになってるって知ってたから、今迄みたいに、毎日いつ諦めろって言われるかなって思ってました。」
「そんなこと言うわけないだろう?片桐は大事な部員の一人だ。何しろ9人しかいないんだからな、一人欠けても困る。うちのチームは、全員レギュラーだぞ。」
「……小学校の時からずっと周囲に、運動はやめておけって言われてきたし、中学の時もスコアラーだったし、高校でも……同じかなって、諦めかけてた所だったんです。レギュラーなんて、考えたこともなかった……」
「片桐。諦めるなよ。」
織田彩は、まっすぐに里流を見つめていた。
「諦めなければ夢がかなうなんて、都合の良いことは俺はないと思う。だがな、努力する奴は別だ。叶わなくても、諦めなければ少しは夢に近づくはずだ。同い年の朔良に出来たことが、片桐に出来ないはずはない。体力付けて、喘息に勝て。」
諦めなくてもいい、そう言われて思わず泣いてしまった里流を、彩は本当に時間をかけて丈夫にしてくれた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
織田彩がおっさん臭い気がする……ヽ(゚∀゚)ノ←書いといて
( *`ω´) 「なんだと~」
一途な里流は、彩の後をくっついて成長してゆきます。(`・ω・´)
母一人、子一人の家庭だった。
「あんたはスポーツ万能のお父さんとは違うのよ。喘息持ちで身体弱いんだから、もう野球なんてやめたらどうなの?夏の試合が終わったら、少し考えなさい。」
「わかってるよ。」
「そうやってはぐらかしてばかりなんだから。野球でご飯食べられるわけじゃないんだから、お母さんはそろそろ勉強だけに専念したほうが良いと思うけど?運動も勉強も何て、あんたには無理でしょ。」
「やめないって、言ってるだろ。しつこいよ、母さん。」
「頑固な所だけ、お父さんに似て……もう。」
心配する母と、しょっちゅう口論のようになっていた。
本当にこのまま続けるのは無理なのかもしれない。口答えしながらも、体力のない自分が情けなかった。
周囲に迷惑をかけ続け、先輩からもうお前は辞めろと、引導を渡される前に、自分から辞めますと言った方が良いのかもしれない。そう思うと目の奥がじんと熱を持つ。
「あの……」
これ以上迷惑を掛けたくないから、野球部を辞めますと言いかけて、言い淀んだ里流の顔を、彩はじっと見つめた。
「俺は……片桐は、よく頑張っていると思うぞ。」
「……はっ?」
思わず起き上がろうとする里流の肩を押し、寝ていろと彩は告げた。
「沢口に聞いたんだ。片桐は、喘息持ちなんだってな?」
「あ……はい。今は、大分良いですけど……医者が言うには気道が人より狭くて、余り運動には向かないみたいです。」
「子供のころからか?」
「はい。体力付けたくて、頑張っているんですけど……中々、上手くいかなくて。」
「俺に言わせると、片桐は病気との付き合い方が下手なんだよ。今日みたいに調子の悪いのを隠して走ったりすると、発作が出るだろ?」
「はい……?あの……?何でそんなこと……」
知っているのかと聞きたかった。
日に焼けた精悍な顔をくしゃと崩して、彩は額のタオルに手を伸ばした。
「良かった、熱は高くないな。……あのな、お前と同じ学年で、陸上部の織田朔良って言う奴が居るの知らないか?」
「織田……ですか?顔は知ってます。」
陸上部の織田朔良とは、クラスが違うので話をしたことはない。だが、朔良は校内でも、涼やかな風貌で一際目を引く美少年で、誰も知らない者はなかった。彩とタイプは違うが、どこか面差しが似ている気がする。
「うちの母方の方の、親戚なんだ。朔良の父親がうちの母親の伯父さんでさ。」
織田朔良は、ただ線が細いだけの自分とは違う。優美な姿とその名前から「朔良姫」と気の毒なあだ名で呼ばれ、女性扱いされるような妙な存在になっていた。
確かに華奢で、朔良も余り丈夫そうには見えなかった。
その朔良姫が、小児ぜんそくだったんだと彩は話をした。
「すぐに熱は出すしアトピーは酷いし、喘息に良いからって水泳始めたら、すぐに滲出性の中耳炎になるし。俺、家も近かったしガキの頃、結構面倒見てたんだよ。」
「そうだったんですか。」
「あいつも細いけど、陸上部で何とかやってるだろ?俺の後を一生懸命くっ付いて走ったりしてたから、朔良は丈夫になったんだと思うんだ。やっぱり体力付けるなら持久走だな。」
ゆっくりと起き上がる里流に手を貸し、どんとベンチの横に座って彩は諭すように話をした。
「片桐も無理をせずに、毎日、少しずつ体力をつけろ。ロード練習も無理せずに1キロ走れたら、次は2キロって距離を伸ばして行こう。俺が卒業までに、お前を元気にしてやる。もっと肉を付けてがんがん走ったら、きっと付いてこれるようになるからな。諦めるなよ?一緒に夏の大会に出るぞ。」
「は……ぃ。……あっ……」
ふいに溢れた涙に、里流よりも彩の方が慌てた。
「片桐!どうした?苦しいのか?……片桐……?いいから、息が辛いなら横になれ。」
「すみません……おれ、うれしくて。みんなの足手まといになってるって知ってたから、今迄みたいに、毎日いつ諦めろって言われるかなって思ってました。」
「そんなこと言うわけないだろう?片桐は大事な部員の一人だ。何しろ9人しかいないんだからな、一人欠けても困る。うちのチームは、全員レギュラーだぞ。」
「……小学校の時からずっと周囲に、運動はやめておけって言われてきたし、中学の時もスコアラーだったし、高校でも……同じかなって、諦めかけてた所だったんです。レギュラーなんて、考えたこともなかった……」
「片桐。諦めるなよ。」
織田彩は、まっすぐに里流を見つめていた。
「諦めなければ夢がかなうなんて、都合の良いことは俺はないと思う。だがな、努力する奴は別だ。叶わなくても、諦めなければ少しは夢に近づくはずだ。同い年の朔良に出来たことが、片桐に出来ないはずはない。体力付けて、喘息に勝て。」
諦めなくてもいい、そう言われて思わず泣いてしまった里流を、彩は本当に時間をかけて丈夫にしてくれた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
織田彩がおっさん臭い気がする……ヽ(゚∀゚)ノ←書いといて
( *`ω´) 「なんだと~」
一途な里流は、彩の後をくっついて成長してゆきます。(`・ω・´)
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