嘘つきな唇 14
「あ、彩さん……」
だが、里流はその横顔に声を掛けられなかった。
心の内でどうかここにいる自分に気付いてくれと念じたが、そんな他愛もない願いがかなうはずもなく、あっけなく影は去った。
*****
「里流?どうしたの?食欲ないの?」
箸を下ろした里流に、母が気付いた。
「あ……うん。ちょっと風邪ひきかけたみたい。大丈夫、すぐに風呂行って寝てしまうから。」
「そう?気管が弱いんだから、無理しちゃ駄目よ。最近丈夫になったけど、風邪こじらせると厄介だから。今日はお薬飲んで寝てしまいなさい。」
「そうする。おやすみなさい。」
気落ちした里流の様子に、何かあったのだろうと母も薄々気が付いているようだった。スーパーのレジで働いている母親にとって、近隣の情報は直ぐに耳に入って来る。口にはしなかったが交通事故の話は知っていた。
明日の朝、彩が来なければきっと、何かあったのだろうと気を回すのに違いない。
ざっと湯船に浸かった里流は、全身を沈めた。
考えてもどうにもならないことは分かっていたが、何もできないでいることがもどかしかった。
一緒に事故に遭ったけれど、きっと彩は朔良が違う場所で事故に遭ったとしても直ぐに駆け付けるだろう。親戚同士の上に、子供のころから面倒を見ていた弟のような存在だと彩は言っていた。
自分が慕う前から朔良が彩の傍に居た事実は、どうしようもなく大きかった。
誰もが目を瞠る綺麗な少年が、ぐったりと彩の腕の中で倒れ込んでいるのを想像して、そんな場面を思い浮かべて哀しくなる自己中な自分に腹が立った。
「あーーーーっ、もう……それどころじゃないってのに!ばかっ!」
「どれだけ彩さんが苦しんでいるか考えろよ!」
湯の中に頭を沈め、行き場のない想いをぶつけてぶくぶくと叫んだ。
キスを交わしただけの、面倒見の良い先輩と手のかかる後輩。
ただそれだけで、勘違いしてはいけないんだと頭では分かっていても、ふと気づくと彩の事を考えてしまう。
*****
『来いよ。……』
『……ほら、ぐずぐずするな、遅れるぞ……』
背中を向けて走り出した彩の後を追って、里流は必死に走ったが、どこまで追っても追いつけなかった。ふわふわと足元に立ちこめた白い靄が、まとわりつく。
やがて彩は足を止めて振り向くと、いつの間にか里流の横に立つ朔良の方に手を伸ばし、腕の中に強く引き寄せて抱いた。
その視線は真っ直ぐに朔良に向けられていた。
『何度目かな?』
『数えたことなんてない。たくさんだよ。』
頬を朱に染めた朔良が、恥ずかしげに彩の腕を取る。目をつむってキスをねだった。
幾度も繰り返される優しいキスを、里流は信じられない思いで見つめていた。
「彩さん……!どうして……嫌だ……。彩さん。」
自分の悲鳴で目が覚めた。
里流は明け方の夢に泣きぬれていた。
本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
なんか書いてて可哀想になってきました……里流君、切ないね。(´・ω・`) ←書いといて。
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