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嘘つきな唇 19 

翌日から扉を開けると、沢口がジャージで待っていた。

「うっす!」

「おはよう!」

それは日課になった。
扉の向こうで彩が手を上げる日を想像し、毎日あえなく期待は打ち砕かれたが、いつしか里流は慣れた。
勉強道具は課題以外はすべて部室に置き、試験前の数日以外持ち帰ることもなく毎日のランニングは続いた。

「お前ら。学校に何しに来てるんだ?そんなんで大学通ると思うのか?せめて教科書位持って来い。」

「引退したら頑張ります!」

毎朝正門の前で待つ教師に苦笑されたが、真摯な態度にやがて顧問も口を添えてくれて、黙認を得た。
里流の高校生活は、こうして勉強と野球に充実した日々だった。

*****

季節は巡る。

冷たい風に花の香りが混じり始めた頃、とうとう彩の卒業の日を迎えた。
三年生を校内で見かけると、つい彩かと思って、思わず背中を見つめてしまうのも今日で終わる。
彩は言葉通り織田朔良の傍に付き添ったまま、最期の二か月余り一度も学校には来なかった。朔良姫は遠くの街のリハビリセンターへ入ったらしいと、噂だけを聞いた。もしそれが事実なら、彩も同道したということなのだろう。

「起立!」

広い体育館に全校生徒が集合し、厳かに粛々と式典は行われた。
卒業生の名前が、クラス単位で次々と呼ばれてゆく。三年蒼組「織田彩」と担任が名前を読み上げ、織田彩は壇上に上がった。
久し振りに見る彩の姿は、どこか身が削げて細くなった気がする。これで最後……と思い、里流は懸命に姿を焼きつけようとしたが、思わぬ滂沱の涙で霞んでしまった。

「里流。大丈夫か?」

横合いから声を掛けて来た沢口に、何とか大丈夫と首を振った。

「何か……少しやせたみたいだけど、元気そうだなって思ったら、安心しちゃった。」

式典が終わり、友人や先生と談笑する彩の姿を遠くから眺めて、里流は初恋にきっぱりと別れを告げた。

「里流。織田先輩の所に行かないのか?話しなくていいのか?他の奴等、みんな話をするって部室に行くぞ。」

今度いつ会えるかどうかも分からないんだぞと、沢口は里流を思いやったが、里流はもうこれ以上話す事は無いからと告げた。

いつか、うんと時間が経って、織田朔良のリハビリが上手く行ったんだと、彩が話をしてくれればいいと思う。想像するしかない怪我のリハビリは、きっとすごく大変なものになるはずだから。
街中で不意に出会って、久しぶりだね、懐かしいと笑って話が出来れば、きっと時間など関係なく彩さんと名前を呼べるだろうと、里流は安易に考えた。


だが、ずっとのちに街中で出会った彩は、里流の知っている快活で優しい先輩ではなかった。いつか、教師になって里流のような子供の背中を押してやりたいと語った彩は、どこにもいなかった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)


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