終(つい)の花 5
気付けば直正は、決して入ってはいけないと言われた大野ヶ原に踏み込んでいた。
「追鳥狩を知らせる法螺貝の音じゃ。どうしよう……決して入ってはいけないと言われていたのに。」
身震いしながら小さく身をかがめて、やり過ごすしかないと思ったその時、雉が音を立てて藪から走り出た。
大きな羽音と、パン……!と響く銃の音に、直正は耳を覆った。
どさりと音を立てて、大きな雉が上空から落ちてきたのに驚いてしまう。
「容保さま、お見事。一番鳥でござる!」
威勢よく走ってきた足軽が、まだ息のある雉を抱えた直正と目が合った。
「あっ……!相馬の若さま。何故、かような所に。」
「あ……の。」
見知った足軽と顔を合わせた直正は、どうしようもなく立ち上がった。
「よし!二番手柄は某が!」
立ち上がった直正を獲物と思い、弓をつがえた武者に向かい、足軽が「待て!待て!」と目印の大傘を振った。
「方々、待たれよ。子供でござる!」
「何?子供?大野ヶ原一帯は、百姓衆も入ってはならぬと触れを回してあったはずだが。」
「うぬか!この痴れ者め。」
家老が走り寄ってきて、直正の首根っこを押さえた。
「若殿さまの追鳥狩の御前を汚すとは、どこの童だ。いずこの子倅か、名乗ってみよ?」
直正は観念して、その場に頭を下げた。
「申し訳ございませぬ……。」
名を告げれば、父や叔父に迷惑を掛けてしまう。
事の大きさに縮こまって、直正は地面に額をこすり付けた。
「これは!直正ではないか!」
駆けて来た叔父の顔を見て、直正は思わず涙ぐんだ。
「……叔父上……。」
「いかがした?何故、このような所へ小者も連れず参ったのだ?」
「……セリを探していたのです。一衛の熱が引かないので飲ませようと思ったのです。」
「一衛に?だが、ここは追鳥狩の狩場ぞ。知らずに入れば、矢玉に当たって命を落とすかもしれないのだ。無茶が過ぎる。」
「直正!」
知らせを受けて走り寄って来た父が、いきなり横っ面を張った。
「あっ!」
「この愚か者めが!何ということをしでかしてくれたのだ。あやうく若殿さまの御前を、お前の血で汚すところだったではないか。」
張り飛ばされた直正は、ぬかるみに頭から落ちて、みるも哀れな姿になった。泥水が額から滴り落ちる。
「あれほどこの場所に子供は入ってはならぬと、言い置いたのに。父の言いつけを破って何故、このような所に来たのだ?そなた、家名に泥を塗る気か!」
「直は……直は……す……みませぬ。」
大勢の藩士に囲まれて、とうとう直正の頬を涙が伝わった。
温厚な父の烈火のごとき怒りは、武士の子ならば直正にもわかる。
藩をあげての大演習の場を、直正の軽挙が水を差したのだ。
一衛の為に、セリを摘みに来ただけのはずが、これほどの大事になるとは思わなかった。
「待て。」
涼やかな声と共に、馬上の武者が近寄り声を掛けた。
「そのように、寄ってたかって責めるでない。まだ、年端も行かぬ童ではないか。余が話を聞く。」
「若殿さま。しかし、入ってはならぬと言い置いた場所に、こやつは足を踏み入れたのです。約定を違えるのは、武家の子にはあらざることゆえ、例え幼い童でも捨ておけませぬ。ならぬことはならぬのです。」
国家老がせっかくの助け舟を、やんわりと否定する。容保の教育係でもあった。
日輪を背負った馬上の若武者は、ひらりと馬から降りると直正の顔を覗き込んだ。
はっとするほど清々しく澄んだ眼差しだった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
直正と容保の初対面です。
(`・ω・´) 「余が話を聞く。」
(´;ω;`) 「……うっ……」
追鳥狩をしたのち、容保さまは、子供たちの通う学校日新館で、文武の演習を閲覧したということです。
きっと、子供たちは目を輝かせていつも以上に一生懸命励んだことと思います。
容保さまは次の年、18歳で会津松平家9世を襲封し肥後の守(かみ)となりました。
さて、皆さま。綺麗なお殿さまは好きですか?
(〃゚∇゚〃) 「大好きでっす!」 此花咲耶
「追鳥狩を知らせる法螺貝の音じゃ。どうしよう……決して入ってはいけないと言われていたのに。」
身震いしながら小さく身をかがめて、やり過ごすしかないと思ったその時、雉が音を立てて藪から走り出た。
大きな羽音と、パン……!と響く銃の音に、直正は耳を覆った。
どさりと音を立てて、大きな雉が上空から落ちてきたのに驚いてしまう。
「容保さま、お見事。一番鳥でござる!」
威勢よく走ってきた足軽が、まだ息のある雉を抱えた直正と目が合った。
「あっ……!相馬の若さま。何故、かような所に。」
「あ……の。」
見知った足軽と顔を合わせた直正は、どうしようもなく立ち上がった。
「よし!二番手柄は某が!」
立ち上がった直正を獲物と思い、弓をつがえた武者に向かい、足軽が「待て!待て!」と目印の大傘を振った。
「方々、待たれよ。子供でござる!」
「何?子供?大野ヶ原一帯は、百姓衆も入ってはならぬと触れを回してあったはずだが。」
「うぬか!この痴れ者め。」
家老が走り寄ってきて、直正の首根っこを押さえた。
「若殿さまの追鳥狩の御前を汚すとは、どこの童だ。いずこの子倅か、名乗ってみよ?」
直正は観念して、その場に頭を下げた。
「申し訳ございませぬ……。」
名を告げれば、父や叔父に迷惑を掛けてしまう。
事の大きさに縮こまって、直正は地面に額をこすり付けた。
「これは!直正ではないか!」
駆けて来た叔父の顔を見て、直正は思わず涙ぐんだ。
「……叔父上……。」
「いかがした?何故、このような所へ小者も連れず参ったのだ?」
「……セリを探していたのです。一衛の熱が引かないので飲ませようと思ったのです。」
「一衛に?だが、ここは追鳥狩の狩場ぞ。知らずに入れば、矢玉に当たって命を落とすかもしれないのだ。無茶が過ぎる。」
「直正!」
知らせを受けて走り寄って来た父が、いきなり横っ面を張った。
「あっ!」
「この愚か者めが!何ということをしでかしてくれたのだ。あやうく若殿さまの御前を、お前の血で汚すところだったではないか。」
張り飛ばされた直正は、ぬかるみに頭から落ちて、みるも哀れな姿になった。泥水が額から滴り落ちる。
「あれほどこの場所に子供は入ってはならぬと、言い置いたのに。父の言いつけを破って何故、このような所に来たのだ?そなた、家名に泥を塗る気か!」
「直は……直は……す……みませぬ。」
大勢の藩士に囲まれて、とうとう直正の頬を涙が伝わった。
温厚な父の烈火のごとき怒りは、武士の子ならば直正にもわかる。
藩をあげての大演習の場を、直正の軽挙が水を差したのだ。
一衛の為に、セリを摘みに来ただけのはずが、これほどの大事になるとは思わなかった。
「待て。」
涼やかな声と共に、馬上の武者が近寄り声を掛けた。
「そのように、寄ってたかって責めるでない。まだ、年端も行かぬ童ではないか。余が話を聞く。」
「若殿さま。しかし、入ってはならぬと言い置いた場所に、こやつは足を踏み入れたのです。約定を違えるのは、武家の子にはあらざることゆえ、例え幼い童でも捨ておけませぬ。ならぬことはならぬのです。」
国家老がせっかくの助け舟を、やんわりと否定する。容保の教育係でもあった。
日輪を背負った馬上の若武者は、ひらりと馬から降りると直正の顔を覗き込んだ。
はっとするほど清々しく澄んだ眼差しだった。
本日もお読みいただきありがとうございます。
直正と容保の初対面です。
(`・ω・´) 「余が話を聞く。」
(´;ω;`) 「……うっ……」
追鳥狩をしたのち、容保さまは、子供たちの通う学校日新館で、文武の演習を閲覧したということです。
きっと、子供たちは目を輝かせていつも以上に一生懸命励んだことと思います。
容保さまは次の年、18歳で会津松平家9世を襲封し肥後の守(かみ)となりました。
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