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終(つい)の花 東京編 3 

唯一つの良心にしたがって、追い詰められて挙兵した悲劇の主を、心あるものは悲運と気の毒がり、あるものはあからさまに侮蔑の視線を向けた。

「おお、これは会津のお方でしたか。お待ちください。すぐに食事の用意をさせましょう。ああ、その前にすすぎをお持ちいたします。」
「え……?」
「どうかいたしましたか?」

会津と名乗った後は、再びその場を追われるものと覚悟した二人に、意外な言葉が降ってきた。
声をかけてきた男は、京で帝に近く仕えていたものだと名乗った。
帝の東下りに従って、江戸へ越してきたのだという。

「戊辰戦争の後の会津さまのご家中の難儀は、よく知っております。わたくしは、ここで「島原屋」という廓を商っております日向(ひゅうが)と申します。元は公家の端くれでございましたから、もしかすると、京でお会いしているかもしれませんね。」
「そうであったか。」
「孝明天皇が御崩御された時の、会津中将さまのおいたわしい様子をよく覚えておりますよ。お行列の後ろを、お伴の方に縋るようにして歩いておいででした。」

孝明天皇が御崩御したばかりに、会津さまを憎しと思っていた薩長に戦争を仕掛けられたのです。あれほど帝にお心を砕いてくださった会津さまのご無念やいかばかりかと……と、日向は涙をこぼした。

「わが殿が聞いたら、さぞかしお喜びになるだろう。」
「いえいえ。本心からそう思っておるのです。ここでこうして出会ったのも、何かの縁でございましょう。袖振りあうのも多生の縁と申します。」

直正と一衛は、胸を熱くして見知らぬ男を眺めた。
江戸に来て、会津を悪く言わない人物と初めてあった気がする。

「今や、朝敵となった会津さまこそを、先の帝は心底頼りにしていたのです。病の床で看病をする命婦に、そう打ち明けたそうですよ。」
「そこまでご存知か。」

男はふと、真顔になった。

「……その咳は、いけませんね。お若いお連れさまは、どうやら胸の病のご様子。お医者様をお呼びいたしましょう。ささ、しがない家業でございますが、奥の空き部屋を宿の代わりにお使いくださいまし。」
「ありがたいが……長居はできぬ。」
「さて、それはなぜでございますか?」
「実はわれら、手元不如意につき……。」
「何も御心配されますな、銭など要りません。会津のお殿様の心意気に感服したものとして、少しばかりお役に立ちたいだけですから。」
「初めて会ったその方に、そこまで甘えてもいいのだろうか。」
「もちろんでございますよ。まずは、湯などお使いになって、旅の垢をお流し下さい。すぐに用意を致します。」
「かたじけない。」
「堅苦しいことは抜きにいたしましょう。」

男は京から流れてきた元公家の日向という男で、売りに出ていた古い娼館を買い「嶋原屋」という郭(くるわ)の楼主をしているという話だった。
通された部屋は上客用の古い客間らしい。
商売に使われていた部屋だろうかと、二人は部屋を見渡した。
琳派の絢爛な天井絵と、襖絵、中央に下がる黒い漆塗りの梁が目立つ。
調度らしいものは、長火鉢と箪笥があるくらいで他のものはほとんどない。
花魁が座っていれば、そのまま客が通ってきても不思議はない豪奢な作りだった。

「旦那さま。お湯の支度が出来ました。」

使用人らしい老婆が障子の外から声をかける。

「着替えと、食事の用意もな。お疲れだろうから、温燗がいいだろう。魚は魚政に刺身を届けさせておくれ。」
「はい、心得ております。」
「何から何まで世話になる。」
「どうぞ、どうぞ。大したものはございませんが、この部屋に運ばせます。お召し上がりください。」
「諸々かたじけない。」

やっと一衛に温かいものを食わせられると、田舎育ちの直正は地獄で仏にあった心持で、膳に向かって長い間手を合わせた。
長旅の途中で、生来丈夫ではない一衛が病を得て、時折苦しそうにしているのを見るのがつらかった。
咳き込む痰に僅かに血が混じっていたのを、一衛はひた隠しにしていた。
直正に心配をかけぬように、筒袖に滲みだらけの手ぬぐいを忍ばせている。
直正が気づかぬはずはなかった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
この島原屋という遊女屋を経営している日向という男は、果たして信用できるかどうか。
(´・ω・`) 「……怪しいんじゃないのかなぁ。」


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2 Comments

此花咲耶  

千菊丸 さま

> 何だか嫌な予感がいたします。

(*つ▽`)っ)))や~ん……嫌な予感だなんて~

> 一衛が肺病に罹っていることも・・

Σ( ̄口 ̄*) や、やっぱり、この伏線まずかったか……
泥の中で清らかに咲く睡蓮のように生きてゆければと思うのですが、中々試練がいっぱいなのです。
悲しいお話なのですが、頑張って書いてゆきます。(`・ω・´)
コメントありがとうございました♡

2015/06/13 (Sat) 23:58 | REPLY |   

千菊丸  

あぁ~!

何だか嫌な予感がいたします。
一衛が肺病に罹っていることも・・

2015/06/13 (Sat) 21:12 | EDIT | REPLY |   

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