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終(つい)の花 東京編 4 

久しぶりのまともな食事に舌鼓を打ち、人心地の付いた直正は頭を下げた。

「馳走になった。渡る世間は鬼ばかりというが、世間もまんざら捨てたものじゃないな。此度のことでよくわかった。」
「大したことではありません。お役に立ててようございました。」
「うまい飯だったな、一衛。」
「あい、直さま。一衛はお刺身というものを食べたことがありませんでしたが、おいしゅうございますね。」
「海のない会津では川魚しか食えなかったからな。さ、わたしは……湯を借りて来よう。後で、体をふいてやろうな。」

日向は、直正が席を外すと一衛に近づき、そっと手を取り甲を撫でた。

「思った通り、やはり肌理が細かくていらっしゃる。北の国の方の肌は、吸い付くようですねぇ……」
「え……?」

蜥蜴の体に触れた時のような冷たさに、思わず肌を泡立てて手を振り払おうとしたのを、日向は手首をつかみ、直も力を入れて引き寄せようとする。
柔らかい物腰ではあったが、一衛は突然降ってわいたような親切の裏に何かあるようで、一抹の不安を感じた。

「あの……お放し下さい……。」
「ああ、これは御無礼を致しました。御不興を買いましたかな。」
「いえ……。」

一衛の抱いた嫌な予感は、ものの見事に的中していた。
やがて二人は、世間はそれほど甘くないのだと思い知ることになる。

******

旅の垢を落とし、さっぱりとした着物に着替えた直正の姿は久しぶりで、一衛はまじまじと見つめてしまった。

「しっかり食べろよ。医者も一衛の病は養生次第だといっていたからな。」
「あい。」
「わたしの顔ばかり眺めていないで、ほらこれもお食べ。」
「こうしていると、なんだか昔に戻ったようで、ほっとします。直さまのお傍にいられて、うれしい……」
「そうだな。わたしも一衛とずっと一緒にいられるのはうれしいよ。だが早く仕事を見つけねばな。」
「直さまは、ここが気に入ったのかと思っていました。」
「そうだな。確かに飯もうまいし、居心地はいい。だが、親切はありがたいが、何もしないで施しを受けるのは心苦しい。仮の宿として拝借するが、一日も早く仕事を見つけて出ていかねばと思っている。」
「そうですね。」

どこかほっとしたような顔をした一衛に、直正は気づいた。

「ここは表とは離れているが、女郎屋だから時折、嬌声が聞こえてくるな。慣れなくて落ち着かないのではないか?」
「大丈夫です。昼間は静かでしょうから、ゆっくりやすませていただきます。」
「早く仕事が見つかればいいのだが……。日向さんの話を聞いていると、公儀の仕事は新政府の藩士たちが独占しているらしい。他藩の者は、実力者の紹介がないと仕事には就けぬそうだ。」
「そうでしょうね……道中のことを思えば、会津者や東北人には、風当たりはきついかと思います。これまでのように、日雇いや荷運びばかりなのでしょうか?」
「なぁに。わたしは頑健だから心配するな。いつか二人で会津に帰ることを思えば、日雇い仕事も苦にはならんさ。だから早く元気になれ、一衛。ご覧、わたしばかり日に焼けて、まっ黒になってしまった。」
「直さま……」
「洗えば落ちるのかと思ったのだが、さぼんを使っても落ちなかった。ほら。」

直正は袖を引き上げて、焼けた境目を見せて笑った。
うつむいてしまった一衛の頬を、ぽろりと雫が転がる。

「……泣くのはおよし。責めたのではない。」
「あい。すみませぬ……」
「すっかり泣き虫になってしまったな。籠城中は、鉄砲を抱えてあれほど勇ましかったのに。さ、横におなり。」

病を得たせいか、一衛はどこか影が薄くなっている。
直正は肩を引き寄せると、目じりに溜まったとまらない涙に唇を寄せ、吸ってやった。

「おやすみ。」




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
(´;ω;`) 直正が心配で……得体のしれない日向が何となく信用できなくて、不安な一衛です。

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