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Café アヴェク・トワで恋して34 

尾上の様子を見ていた直が、静かに近づいた。

「尾上くん。まだ時間はあるよ。」
「あ……」
「言いたいことがあるのなら、早く行って言わないと。フランスなんて行ってしまったら、いつ帰ってくるかわからないでしょう?」
「そうする。あの……ありがとう……相良くん。」

直は、いつか松本が口にした言葉を、ごく自然に尾上に伝えていた。

「……それでね。尾上くんに頼みたいことがあるんだけど……」
「何?」
「おれ、これからケーキを焼くから、黒崎さんに届けてくれる?さすがに自分で持ってゆく勇気はないから、尾上くんが持って行ってくれれば嬉しいんだけど……」
「でも……兄貴は……」

君にあれほど酷いことをしたのに……とは言えなかった。

「尾上くんの話を聞いていて、おれも言いたいことを言ってなかったって気づいた。おれも、言えば良かったんだよね。」

尾上を見つめる直の視線は、驚くほど明るく強かった。

「店長が教えてくれたから、おれはこの店で自分の大事なものを思い出したよ。おれね……誰かのためにケーキを作るのが好きなんだ。誰かに美味しいと言ってもらえたり、笑顔を向けて貰ったりするとね、自分が満たされるんだよ。自己満足かもしれないけどね。」

直はふふっとはにかんだ。

「黒崎さんが作るようなすごいケーキを、おれは今まで見たことなかった。おれにだって、うらやましい気持ちだとか、妬ましいって思う気持ちあるんだよ。だから、いつでも自分にできる最高の物を作ろうと思うようにした。あ、そうだ。尾上くんも食べてみてよ、マロンのケーキ。」

ケーキを皿に取り分け始めた時、ほかのスタッフも出社してきた。

「おはようございます~。わ~、朝からケーキなの?」
「新作ができたんだ。食べてみる?」
「わ~、食べる、食べる。今すぐ食べていいの?」
「いいよ。これは少し甘いと思うけど、由美ちゃんも沙耶ちゃんも甘党だもんね。」

一口、ケーキを掬って食べた女性スタッフは、顔を見合わせた。

「うっそ~!マジ美味しいんですけど。」
「直くん。これ、すごいよ。今までに食べた中で一番美味しい!」
「ほんと?良かった。」
「そっちのは?」
「こっちは注文だから、試食禁止。」
「う~。朝から幸せだ~。すごいね、直くん。」
「これはね、ルセットを貰ったんだ。」
「ルセット……って?」
「レシピだよ。お菓子の設計図の事。」

ほんの少しのケーキの試食に、厨房の空気も和み甘くなっていた。

「さあ。こっちはまだ仕込み途中だからな。由美と沙耶は、店の掃除があるだろ。食ったら、働け~!」
「そうだった~。御馳走さま、直くん。」
「うん。感想ありがと。」

やりとりを黙って聞いていた尾上は、松本の傍に寄った。




本日もお読みいただきありがとうございます。
後、少しで完結予定です。
もう少しお付き合いください。(〃゚∇゚〃)

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