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Café アヴェク・トワで恋して36 【最終話】 

次の日、尾上は直の作った焼き菓子を持って空港にいた。
マスコミも数社来ていたが、黒崎は大人の対応をして見事に振り切って見せた。

弟の姿を見つけるとすぐに駆け寄り、張り詰めていた表情が一瞬で柔和なものになる。
いつか帰国したら、黒崎の店を手伝うと尾上は前日に伝えてあった。

「……そうか。励みになる。誰かが待っていてくれるなんて、考えもしなかったよ。ありがとう、洋貴。」
「俺、簡単な料理くらいは出来るようになっておくよ。兄貴が挫折したら俺が食わせてやるから、何があっても無事に帰って来て。それだけでいいから。」
「成功しなくてもいいのか……?もしかすると、何も掴めずに、みじめな姿で帰ってくるかもしれない。」
「兄貴が打たれ弱いのは、俺はもう知ってるから驚かないよ。帰って来てくれるなら、どんな姿でもいい。何があっても兄貴は兄貴だろ?前に俺がどうしようもない奴だった時に、兄貴が言ってくれたんじゃないか。洋貴は洋貴だろって……。忘れたの?」
「はは……そうだったかな。」

ほろほろと年甲斐もなく涙をこぼした兄の頭を、尾上は抱いた。

*****

「何も出来なくても傍にいること位は、俺にもできるから。何があっても、どこにいても兄貴は一人じゃないよ。それだけ、覚えていて。」
「そうか……。大人になったなぁ、洋貴。家を出てゆくときは、拗ねて口もきかなかったのに、今度は俺が見送られる番なんだな。」
「いつの話だよ。あ、それと、これ、相良くんから預かってきた。」
「……相良……?直のことか?洋貴、おまえ……直を知っていたのか?」
「うん。同じ場所でバイトしてるんだ。店長にルセットをことづけたんだろ?相良くんがありがとうって言ってたよ。俺にはよくわからないけど、ルセットって、職人にとってはすごく大事なものなんだろ?大切にしますって言ってた。」
「そのくらいの詫びじゃ済まないんだが、変わらないな。……開けてもいいか?」
「いいよ。兄貴にって預かったんだから。」

黒崎は小さな箱を開けると、くすりと笑ったが、目じりに光るものが浮かんだのを尾上は見逃さなかった。
中には小さな焼き菓子のマカロンが入っていた。黄色のレモンクリームをはさんだマカロンの表面には、チョコペンシルでニコニコマークが描かれている。

「食べるか?」

誘われて、箱の中を覗き込んだ尾上も笑った。

「相良くんらしいね。きっと、こんな風に笑ってます……ってことなんだと思うよ。相良くんには、無条件で丸ごと支えてくれる人がいるから。」
「そうか……良かった。本当に、良かった……」

こうして、黒崎は機上の人となった。
数年後、フランス菓子のコンクールの最高峰、「クープ・ド・モンド」で個人優勝を遂げ、凱旋帰国するのはまた別の話になる。

*****

「今頃、黒崎は空の上だな。」
「そうですね。」
「吹っ切れた良い顔をしているな、直。」

今日のケーキは、黒崎にも持たせたレモンクリームのマカロンだった。

「あっ、店長。それに触っちゃダメですよ。一時間くらいは乾かしてから焼くんですから。」
「一時間……それって、直の空き時間か?だったらさ~」

身を乗り出してきた松本を、冷たく一蹴する。

「他の仕事がありますから、家には帰れません。」
「ちぇっ。つまんねぇの。」
「子供じゃないんですから、そんな顔しても駄目です。仕事の邪魔ですから、事務所で仕事してきてください。」
「直が足りなくて禁断症状が出て、おかしくなっても知らねぇからな。」

ふくれっ面をする松本に向かって、直は極上の笑みを浮かべる。
松本の支えがあって、ここまでこれた。

「飲み物はコーヒーでいいですか?フレンチトーストにハチミツもかけますね。」
「直~。好きだぞ。」
「おれも店長の事、大好きです。」

馥郁とした香りの広がる厨房で、直は自分の場所と愛する人を見つけた。
明日も明後日も、太陽の日差しのような笑顔を向けてくれる男の傍で、直は何度も恋をする。

Café アヴェク・トワの恋人は、「誰よりも……」と心の中で呟いた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

「あとがき」

ストレートな松本の存在が、直を暗闇から救い上げました。
本当は、ものすごく悪い奴に設定した黒崎でしたが、コメディなので弱い部分を強調して、何とかこれなら許されるかなぁ……と思いながら書きました。
直と松本のらぶらぶな様子は、もっと入れる予定だったのですが、このちんのテクの問題であえなく時間切れとなりました。
出来れば、短編で挑戦してみたいです。(〃゚∇゚〃) ←墓穴
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。またね。  此花咲耶

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4 Comments

此花咲耶  

けいったんさま

> ハッピーエンド、バンザ~イ!゚.+:。(ノ^∇^)ノ゚.+:。

ありがとうございます。らぶらぶな二人です。(〃゚∇゚〃)

> 直の側に松本が居れば、店も幸せオーラに包まれ これからも 繁盛するでしょうね♪
>
これからも色々なことがあるでしょうが、きっと乗り切ってくれると思います。いつか、また二人に会いたいです。

> 黒崎も 立ち直って 今まで以上に 素晴らしいバティシエになったのも 嬉しい限りです。
> もう あの性癖が ぶり返さなければね♪( ̄ー ̄)ニヤリ
>
どん底を見たので、これからは少しは、考えるかな。でも、やさぐれている黒崎はちょっと好き……(*つ▽`)っ)))

> ただ、荒木・・・
> 側で 四六時中 イチャコラされたら ヤサグレ度が更に増しそうなのが、心配です。
> ポッチか…孤独…(T▽T)ポツ--ン...byebye☆

ヾ(。`Д´。)ノこら~!こっちは当てられっぱなしでむかついてんだよ。くそ~、尾上、俺を好きになれ!←暴論

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメントも嬉しかったです。(〃゚∇゚〃)

2015/10/03 (Sat) 19:59 | REPLY |   

けいったん  

No title

ハッピーエンド、バンザ~イ!゚.+:。(ノ^∇^)ノ゚.+:。

直の側に松本が居れば、店も幸せオーラに包まれ これからも 繁盛するでしょうね♪

黒崎も 立ち直って 今まで以上に 素晴らしいバティシエになったのも 嬉しい限りです。
もう あの性癖が ぶり返さなければね♪( ̄ー ̄)ニヤリ

ただ、荒木・・・
側で 四六時中 イチャコラされたら ヤサグレ度が更に増しそうなのが、心配です。
ポッチか…孤独…(T▽T)ポツ--ン...byebye☆

2015/10/03 (Sat) 11:02 | REPLY |   

此花咲耶  

鍵付きコメントsさま

こちらこそお読みいただきありがとうございました。(〃゚∇゚〃)
感想をいただき、此花舞い上がりです~(*つ▽`)っきゃあ~♡
短編を書いたら、もう一度、松本のお話を書きたいです。
読者様の姿を感じられて、とてもうれしかったです。
新しいお話で、またお目にかかりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。(`・ω・´)

2015/10/01 (Thu) 20:09 | REPLY |   

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2015/10/01 (Thu) 17:48 | REPLY |   

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