Caféアヴェク・トワ 君と共に5
申し訳なさそうに、バーテンダーが小声でささやいた。
「あのぅ、お連れ様がお飲みになったのは、スクリュードライバーです。すみません。後ろで飲んでいたカップルの男性が頼んだものと同じものをくださいとおっしゃったので、何も考えずにお出ししました。口当たりがオレンジジュースと似ているので間違われたようです……喉が渇いていたとおっしゃって、続けて3杯くらいはお飲みになったかと」
「まじか~。つかお前、こんなにアルコールに弱かったのか」
「後ろの女性が、おいしいとおっしゃっていたので、気になったんでしょうね。お飲みになったのは女性を落とすときに男性が勧める、レディキラーと呼ばれるような強い酒です。口当たりがよくて飲みやすいのですが、もう少し気を付けて差し上げれば良かったですね、すみません」
「気になさらないでください、担いで帰りますから」
松本は肩をすくめ、オークジホテルのチーフシェフに向き直った。
「申し訳ないですが、先ほどのお話についての返事は日を改めさせてください。うちの店にも、こいつは必要な人間ですから俺の一存ではお返事できません。それに……直の気持ちを聞かずに本音を言っていいのなら、俺はこいつを手放すつもりはありません」
「そうですか。薄々、そういわれるのではないかと思っていました。ああ……、寝てしまいましたね。こんな風に、相良君が気を抜いているところを始めてみましたよ。いつも気を張って仕事をしているのに、あなたといるとまるで別人のような顔を見せる。なんというか……安心しきった子供のようだ。羨ましいですね」
チーフシェフは優しいまなざしを向けた。
「相良君はうちが休みの時も、松本さんの店の方にはずっと出ているんでしょう?」
「菓子を作るのが楽しくてたまらないようです。たまには休めと言ってるんですが、あなたや他の人から新しい技術を教えてもらって、それを店のスタッフに披露するのが嬉しいようです」
「そうですか。製菓の仕事が本当に好きなんですね。じゃあね、相良君」
直を背中に押し上げて貰うと、松本は軽く揺すりあげて帰路に就いた。
酔っぱらった直は、静かに寝息を立てている。
「いい月だぞ、酔っぱらいの直」
冷たい冬の月を、まじまじと見上げるのは久しぶりだった。
親との折り合いが悪く、自宅には寄り付かなかったから、いい思い出はない。
友人の家で時間をつぶし、いつもとっぷりと日が暮れ家人が寝静まってから、忍び込むように家に入った。玄関の鍵を探る松本の頭上には、今夜のような冷えた月が輝いていた。
自分達の思い通りにならないはみ出しものの息子に、両親がため息をついていたのを思い出す。
家族とはずっと音信不通にしているが、まめな兄貴分は松本の代わりに賀状を出し、元気でいることを知らせてくれているようだった。
「ま、どうでもいいんだけどな」
背中で揺れている直は、眠っているせいで次第に重くなってくる。
「直。しっかりつかまっていないと、落っこちるぞ。」
「ん……」
手をまわしてしがみつく直に、頬が緩んだ松本は、何気なく直が漏らした吐息の中に聞きなれない名前を聞いた。
「え……誰だよ、それ」
聞いたことのない名前は、気持ちをざわつかせた。
ベッドに放り込み衣服を緩めてやった松本は、しばらく顔を眺めていたが、やがて部屋を後にした。
大人げない嫉妬心がふつふつと喉元に上がってくるのを、抑え込むのが精いっぱいだった。
子供のように深く眠っている恋人を叩き起こして、誰の名前なんだと聞きたかったが、狭量な自分を認めるようで出来なかった。直の前では、常に冷静な大人の顔を見せたかったからだ。
「……まぁちゃん……」
直が発したその名前が、熾火のように松本の胸に黒く燻った。
「くっそ……!」
帰り道、道路脇のゴミ箱に八つ当たりし、派手な音を立てたスチールの重い籠が転がっていった。
あら~、突然の暗雲が……?(´・ω・`)
(; ・`д・´) 「いやな予感しかしねぇぜ」
(*´▽`*) 「うふふ~」
「あのぅ、お連れ様がお飲みになったのは、スクリュードライバーです。すみません。後ろで飲んでいたカップルの男性が頼んだものと同じものをくださいとおっしゃったので、何も考えずにお出ししました。口当たりがオレンジジュースと似ているので間違われたようです……喉が渇いていたとおっしゃって、続けて3杯くらいはお飲みになったかと」
「まじか~。つかお前、こんなにアルコールに弱かったのか」
「後ろの女性が、おいしいとおっしゃっていたので、気になったんでしょうね。お飲みになったのは女性を落とすときに男性が勧める、レディキラーと呼ばれるような強い酒です。口当たりがよくて飲みやすいのですが、もう少し気を付けて差し上げれば良かったですね、すみません」
「気になさらないでください、担いで帰りますから」
松本は肩をすくめ、オークジホテルのチーフシェフに向き直った。
「申し訳ないですが、先ほどのお話についての返事は日を改めさせてください。うちの店にも、こいつは必要な人間ですから俺の一存ではお返事できません。それに……直の気持ちを聞かずに本音を言っていいのなら、俺はこいつを手放すつもりはありません」
「そうですか。薄々、そういわれるのではないかと思っていました。ああ……、寝てしまいましたね。こんな風に、相良君が気を抜いているところを始めてみましたよ。いつも気を張って仕事をしているのに、あなたといるとまるで別人のような顔を見せる。なんというか……安心しきった子供のようだ。羨ましいですね」
チーフシェフは優しいまなざしを向けた。
「相良君はうちが休みの時も、松本さんの店の方にはずっと出ているんでしょう?」
「菓子を作るのが楽しくてたまらないようです。たまには休めと言ってるんですが、あなたや他の人から新しい技術を教えてもらって、それを店のスタッフに披露するのが嬉しいようです」
「そうですか。製菓の仕事が本当に好きなんですね。じゃあね、相良君」
直を背中に押し上げて貰うと、松本は軽く揺すりあげて帰路に就いた。
酔っぱらった直は、静かに寝息を立てている。
「いい月だぞ、酔っぱらいの直」
冷たい冬の月を、まじまじと見上げるのは久しぶりだった。
親との折り合いが悪く、自宅には寄り付かなかったから、いい思い出はない。
友人の家で時間をつぶし、いつもとっぷりと日が暮れ家人が寝静まってから、忍び込むように家に入った。玄関の鍵を探る松本の頭上には、今夜のような冷えた月が輝いていた。
自分達の思い通りにならないはみ出しものの息子に、両親がため息をついていたのを思い出す。
家族とはずっと音信不通にしているが、まめな兄貴分は松本の代わりに賀状を出し、元気でいることを知らせてくれているようだった。
「ま、どうでもいいんだけどな」
背中で揺れている直は、眠っているせいで次第に重くなってくる。
「直。しっかりつかまっていないと、落っこちるぞ。」
「ん……」
手をまわしてしがみつく直に、頬が緩んだ松本は、何気なく直が漏らした吐息の中に聞きなれない名前を聞いた。
「え……誰だよ、それ」
聞いたことのない名前は、気持ちをざわつかせた。
ベッドに放り込み衣服を緩めてやった松本は、しばらく顔を眺めていたが、やがて部屋を後にした。
大人げない嫉妬心がふつふつと喉元に上がってくるのを、抑え込むのが精いっぱいだった。
子供のように深く眠っている恋人を叩き起こして、誰の名前なんだと聞きたかったが、狭量な自分を認めるようで出来なかった。直の前では、常に冷静な大人の顔を見せたかったからだ。
「……まぁちゃん……」
直が発したその名前が、熾火のように松本の胸に黒く燻った。
「くっそ……!」
帰り道、道路脇のゴミ箱に八つ当たりし、派手な音を立てたスチールの重い籠が転がっていった。
あら~、突然の暗雲が……?(´・ω・`)
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(*´▽`*) 「うふふ~」
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