Caféアヴェク・トワ 君と共に9
これまで松本の恋は成就したことがない。不器用と言ってしまえばそれまでなのだろうが、中学の頃から落ち込む姿を何度も見てきた荒木だった。
元来、惚れっぽく一途な質だが、こらえ性がないのがその一因だった。
落ちている消しゴムを拾って手渡したときに、指先が触れ合っただけで恋だと勘違いするほど惚れやすいくせに、相手が誰かと親しげに話をしているのを一瞥しただけで、一方的に身を引いて終止符を打つ。
もの言いたげな相手に背を向けるのを見たのは、一度や二度ではなかった。いきなり拒絶される方は、たまったものではない。
ほおっておけなくて、荒木が意見をしても、そんなときの松本は決して他人の意見を聞き入れようとはせず頑なだった。
木本と出会い、木庭組に関わってから、明るくなったと思っていたのだが、根底にあるネガティブな本質までは変わらないということなのだろう。
愛されないで育った子供は、大人になっても愛される自信のない臆病者でしかない。
ああ、そういうことかと、荒木の表情が緩んだ。
「あのさ。俺が知る限り、直は松本さんのことが一番、好きだよ?」
「……何で、荒木にわかるんだ」
「わかるさ。ここで働いている誰だって知っているよ。直の目はいつだって、松本さんだけを追っているじゃないか。Caféに雇った時だって、俺が駄目だって反対したのに、松本さんだけが直を使えるやつだって見抜いたんだろ?」
「ああ。懸命なのは、すぐにわかったからな」
「仕事に私情を挟まないのは俺がよく知っている。あんたの人を見る目は正しいよ」
「褒めたって、なんも出ねぇぞ」
「わかってんなら優しくしてやれよ。俺が知る限り、あの子はこれまで松本さんが付き合ってきた誰とも違うぞ。信じてやれよ」
「荒木。……そうだな。最初に直の手を取ったのは俺の方だ」
「泣かせるなよ」
「ああ」
そのとき、、厨房で派手な音がして、悲鳴が聞こえた。
「きゃああっ!直くん!」
「直っ!?」
部屋を飛び出た松本の目に映ったのは、厨房の床にうずくまったまま、血に染まった両手を呆然と見つめる蒼白の直だった。
「直っ!どうし……あっ!」
「……すみません……蜂蜜の瓶を割ってしまって……手が滑りました……」
「馬鹿っ!そんなことはどうでもいい!血が……!」
落として割れた瓶を慌てて片付けようとして、手を深く切ったらしい。
どくどくと流れる血が、見る見るうちに床に滴って血だまりを作ってゆく。
「くそっ!血が止まらねぇっ。直、ちょっとこっちへ来い」
蛇口で傷口を洗ってみると、それほど大きな傷ではないが、鋭利なガラスが深く立ちこんだようで深い傷口から鮮血が溢れて止まらなかった。松本はネクタイを抜くときつく巻き付けて手首を止血し、新しい布巾で傷を押さえると、直の手首を引いた。
「由美っ、一番近い病院はどこだ?」
「駅の表通りに出てすぐ右側にありますけど、確かあそこは……」
「駅前か。車を呼ぶより、直接行った方が早いな。後は頼む。」
「あの、大丈夫で……」
「いいから!」
「あ、店長。木本さんに連絡入れておきますから。」
「頼む、荒木。走れるか?」
血に染まった手首をつかみ、駆け出した松本を見送りながら、開店前のスタッフはもの言いたげに顔を見合わせた。
「え~っと……一目散に行っちゃったね。教えた病院、外科じゃないけど良かったかな」
「いいんじゃない?仮にも病院だし」
「でも、すごい血の量だったね。あたし驚いて叫んじゃったわ」
「大丈夫だよ。ちらっと見たとき、直くんの指は動いていたから、筋とかは痛めてないと思う」
「そっか。由美って前職、看護師さんだったっけ?」
「そうだよ。応急処置もできるけど、店長がちゃんとしてたから、手は出さなかったんだ」
「だったらこれで、雨降って地固まるかな?」
「沙耶もやっぱり気づいてたんだ」
「気づくでしょ?店長なんて、丸わかりだよ」
「ま、いつかはあそこにお世話になるかもしれないし?」
「あはは、まさか~」
「さ、話はそのくらいにして、仕事に戻るぞ」
「はぁい」
看護師経験のある由美が、出血量は多かったがおそらく大したことはないと断言したので、スタッフは安堵していた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
(; ・`д・´) 「直っ!!??」
(´;ω;`) 「……すみません……蜂蜜が……」
松本の冷たい態度に傷心の直くんは、大切な手に怪我をしてしまいました。
大したことなければいいね……(´・ω・`)
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