Caféアヴェク・トワ 君と共に7
温かい灯りのともる場所に、松本は足を踏み入れた。
「まあ、飲め」
「いただきます」
「面を見せるのも久しぶりだな。親父が寂しがってたぞ」
「後で上に顔出してきます」
直のアパートから直接、木庭組に顔を出した松本は、木本に勧められるままグラスを重ねた。
心に刺さった小さな氷の棘が、この場所にいるだけで溶けるような気がする。
「兄貴。親父さんの具合はどうなんすか?」
「相変わらずだな。季節の変わり目は古傷が痛みだすから、早めに湯治場に行ってくださいと言ってるんだがな。あの人は自分のことは後回しで、いつも俺たちのことばかり心配しているからな。おまえの新しい店のことも気になるんだろう、腰をあげねぇんだよ。まぁ、性分は変わらねぇな」
「そうすね。心配かけないようにしないと」
「つか、今時分帰ってくるのは珍しいな。何かあったのか?」
「……顔を見に帰ってきただけっすよ」
「何でもないって、面じゃねぇな。俺でよければ、話してみろ。聞くくらいはできるぞ」
「……お見通しっすね。もしもの話なんですけどね、聞いていいっすか?」
いつもと違う様子の松本に、木本は気づいていた。
「なんだ?」
「もし兄貴のバシタが……颯太が、兄貴じゃないやつの名前を呼んだらどうします?」
「あいつが俺以外の奴の名を?さあなぁ……そういうことはなかったと思うが、夢の中なら、そんなこともあるんじゃねぇのか?意識がない時、どんな夢を見ようが、こっちはどうしようもねぇからな。……浮かねぇ面だな。直が浮気でもしたか?」
「そんなわけじゃ……」
一瞬、松本の顔が強張ったのを木本は見逃さなかった。
「なんだ、図星なのか。」
「女々しくて、我ながら情けないっす。まだそうと決まったわけじゃないんですが」
「それほど心配か?相手は誰なんだと聞いてみなかったのか?俺が見る限り、直は生まれたてのひよこみてぇに、お前のことだけを一途に慕っていると思うぞ」
「ずっとそうだと思ってきたんすけど……俺は自分でも思っている以上に、小心者なんすよ。大したことはないのかもしれないけど、なんか悶々としちまって。あいつは、どんどん上を目指してんのに、こっちときたらまるで自信がないっつうか」
「グダグダ悩んでいても、答えは出ねぇよ。さっさと、本人に聞いちまえ。楽になる」
「そうするのが一番、いいんでしょうけど、それすらどうにも思いきれないんす」
松本は盛大にため息をついた。そうできればいいと、自分でもわかっている。
だが恋に奥手な中坊のように、今の松本は直を失うことが怖かった。直が何も言わない以上、自分から禁忌に触れて壊したくはない。
懸命に生きてきたとはいえ、自慢できる人生ではないとわかっている。
まっすぐに慕ってくれる直が、自分のどこを気に入ってくれているのかさえ、わからない。愛されている確固たる自信はなかった。
「あの、兄貴。オークジホテルのパティシエの名前はなんていうんですか?」
「ん?川田のことか?」
「ええ。そう言えば聞いていなかったと思いまして。」
「川田の下の名は正和だ」
「……そうすか。正和……」
まあちゃん……と、直が呼んだのはホテルのパティシエのことだろうか。
熱を込めたまなざしで、直の視線はいつも川田を追っていた……ような気がする。
川田が直をオークジホテルに欲しがるのも、パティシエとしてではなく恋人としてではないだろうか。
川田というホテルのチーフシェフと自分を比べて、忸怩たる思いのする松本だった。
「くそっ」
グラスの酒をぐいとあおる松本の目が鈍く光った。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
どんどんドツボにはまってゆく松本。もう少し、自信のある男だと思ってたんだけど、恋する男はみんな不器用……ということなのかな。
ぐるぐる……(´;ω;`)ウゥゥ←たぶん、明日の直くん
「まあ、飲め」
「いただきます」
「面を見せるのも久しぶりだな。親父が寂しがってたぞ」
「後で上に顔出してきます」
直のアパートから直接、木庭組に顔を出した松本は、木本に勧められるままグラスを重ねた。
心に刺さった小さな氷の棘が、この場所にいるだけで溶けるような気がする。
「兄貴。親父さんの具合はどうなんすか?」
「相変わらずだな。季節の変わり目は古傷が痛みだすから、早めに湯治場に行ってくださいと言ってるんだがな。あの人は自分のことは後回しで、いつも俺たちのことばかり心配しているからな。おまえの新しい店のことも気になるんだろう、腰をあげねぇんだよ。まぁ、性分は変わらねぇな」
「そうすね。心配かけないようにしないと」
「つか、今時分帰ってくるのは珍しいな。何かあったのか?」
「……顔を見に帰ってきただけっすよ」
「何でもないって、面じゃねぇな。俺でよければ、話してみろ。聞くくらいはできるぞ」
「……お見通しっすね。もしもの話なんですけどね、聞いていいっすか?」
いつもと違う様子の松本に、木本は気づいていた。
「なんだ?」
「もし兄貴のバシタが……颯太が、兄貴じゃないやつの名前を呼んだらどうします?」
「あいつが俺以外の奴の名を?さあなぁ……そういうことはなかったと思うが、夢の中なら、そんなこともあるんじゃねぇのか?意識がない時、どんな夢を見ようが、こっちはどうしようもねぇからな。……浮かねぇ面だな。直が浮気でもしたか?」
「そんなわけじゃ……」
一瞬、松本の顔が強張ったのを木本は見逃さなかった。
「なんだ、図星なのか。」
「女々しくて、我ながら情けないっす。まだそうと決まったわけじゃないんですが」
「それほど心配か?相手は誰なんだと聞いてみなかったのか?俺が見る限り、直は生まれたてのひよこみてぇに、お前のことだけを一途に慕っていると思うぞ」
「ずっとそうだと思ってきたんすけど……俺は自分でも思っている以上に、小心者なんすよ。大したことはないのかもしれないけど、なんか悶々としちまって。あいつは、どんどん上を目指してんのに、こっちときたらまるで自信がないっつうか」
「グダグダ悩んでいても、答えは出ねぇよ。さっさと、本人に聞いちまえ。楽になる」
「そうするのが一番、いいんでしょうけど、それすらどうにも思いきれないんす」
松本は盛大にため息をついた。そうできればいいと、自分でもわかっている。
だが恋に奥手な中坊のように、今の松本は直を失うことが怖かった。直が何も言わない以上、自分から禁忌に触れて壊したくはない。
懸命に生きてきたとはいえ、自慢できる人生ではないとわかっている。
まっすぐに慕ってくれる直が、自分のどこを気に入ってくれているのかさえ、わからない。愛されている確固たる自信はなかった。
「あの、兄貴。オークジホテルのパティシエの名前はなんていうんですか?」
「ん?川田のことか?」
「ええ。そう言えば聞いていなかったと思いまして。」
「川田の下の名は正和だ」
「……そうすか。正和……」
まあちゃん……と、直が呼んだのはホテルのパティシエのことだろうか。
熱を込めたまなざしで、直の視線はいつも川田を追っていた……ような気がする。
川田が直をオークジホテルに欲しがるのも、パティシエとしてではなく恋人としてではないだろうか。
川田というホテルのチーフシェフと自分を比べて、忸怩たる思いのする松本だった。
「くそっ」
グラスの酒をぐいとあおる松本の目が鈍く光った。
本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
どんどんドツボにはまってゆく松本。もう少し、自信のある男だと思ってたんだけど、恋する男はみんな不器用……ということなのかな。
ぐるぐる……(´;ω;`)ウゥゥ←たぶん、明日の直くん
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