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小説・初恋・23(如月湖西) 

華やかな宴は終わり、馬車や人力車が慌しく外門に付けられた。


「ごきげんよう。」


招待客を見送る奏は、忙しかった。


いずれ爵位を継ぐ奏と、近づきになり話をしておきたいと、帰りに人々が殺到したからだ。


それほど如月湖西の力は強大で、財力を頼みとするものは多かった。


「実に、愉快な夜だった。

また、是非お誘いいただきたい。」


「ええ、必ず。」


建築家コンドルと共に訪れた外務卿は、思いがけず吟詠が外国人を喜ばせたので、面目が立ったと大層機嫌が良かった。

「見事な舞いを披露した友人にも、よろしく言ってくれ。」

「湖上に、伝えておきますよ。」


「本当は舞踏の披露をするはずだったのに、思わぬ怪我の功名になりましたね。」


奏は、側にいる彼の娘に向かって、薄く微笑むと視線を流した。


何故か、そうされるのがみんな好きらしいと、奏は知っていた。


「お嬢さま。

あなたも機会が有りましたら、お父上とご一緒してください。」


「奏さま。

・・・あの、少しお泣きになりましたの?目もとが赤く・・・」


内心、どきりとしても奏の感情は、澱のように深く沈んで表に出てくることはなかった。


「ええ・・・親しい方達との別れは、いつも感傷的になってしまいます。」


「また、お会いしましょう、可愛い人。」


奏は、白いレースのハンケチでふわりと娘の手を取ると、その甲に軽く唇を寄せた。



娘は卒倒せんばかりに、喜びに頬を薔薇色に染め、外務卿は上機嫌だった。


姿が見えなくなると、美しい微笑を小さな顔に貼り付けたまま、奏は白雪を呼んだ。


「・・・捨てろ。」


短い芝の上で、豪奢な手織りのレースのハンケチが踏みつけられた。


「如月!」


・・・聞きたかった声がした。


「もうそろそろ、みんな帰宅した頃だと思ってね。」


「?・・・コンドル氏は、もうとうに帰りましたよ・・・?」


「君に礼を言ってなかったから。

ありがとう、至福の時間だった。」

「・・・わざわざ、それを言いに?」


「うん。

僕がどんなに感謝しているか、如月に伝えておきたかった。」


すぐ側に、祖父の視線がある。


「そうですか、では。」


冷たく踵を返すと、もう無愛想に家の中に入ってしまおうとする。


「あ、如月。もう1つ。」


「なんですか?」


「ご婦人達と踊れなくて、申し訳なかった。


せっかく教えてもらったのに・・・」


本心から、申し訳ないと思って頭を下げているだろう颯に、奏は心配しなくても来客は絶賛していましたよと、正直に告げた。

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