長月の夢喰い(獏)・4
獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。
<前回までのあらすじ>
勘定吟味役の父親が、背後からの刀傷で憤死するという不名誉な出来事から、早6年の時が過ぎた。
武士にあるまじき死とそしりを受け、お家はあえなく断絶となり、幼い兄弟達は行方知れずになっていた。
今は、瀬良家縁の菩提寺に、髪を下ろした妻女が粗末な庵を開いて菩提を弔って居ると言う。
兄弟の所在を聞いても尼は口をつぐみ、父の死に際してまだ前髪の兄が、弟達の手を引いて城代家老にお家存続を涙ながらに言上した話も、ただの孝行ものの哀れな美談で終っていた。
当時、誰も彼等の力になるものは無く、行方不明の兄弟を思いやる家中の者も居なかった。
たまに見目良い兄弟が、生きていればどのように凛々しく美々しい若者になっていただろうかと、女共の口に上るくらいのことである。
悲しみのあまり故郷を出奔したとも、遠縁を頼り西国に行ったとも言われていた。
だが実は、残された遺書によって、父の死が仕組まれたものと知った彼等は密かに仇を討っていた。
兄弟は今は、芝居小屋に身をよせ弥一郎は、座付き作家、笹目は、当代一の花形女形、月華は子役となっている。
*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*――-――*
6年前。
城代家老の席に着いたばかりの坂崎采女の息女で一粒種の静(しず)と、瀬良の遺児、弥一郎は親も許した恋人同士だった。
まるで男雛、女雛のよう・・・と周囲が言うように大層可愛らしい一対は、仲良く睦みあい時を過ごしていた。
庭先でざるを仕掛け、雀をとるのだといって米をまき、笑いあう二人の姿は御伽草子の絵のように微笑ましかった。
「まあ。弥一郎さまは剣ばかりではなく、雀を取るのもお上手です。」
ざるに捕らえた子雀を見つめて、静は可愛いと声を上げた。
「静どの。この雀、いかがなさる?小者が酒の肴に欲しいと言うておりまする。」
「まあ。この、雀を食べてしまうのですか?」
静は悲しげに問うた。
「左様。可愛らしくとも害鳥なれば、仕方がない。」
そういいながら、弥一郎はざるの端をうっかりと引っ掛け、雀を逃がしてしまった。
「あ。雀が!」
「すまぬ、せっかくの肴を逃がしてしまった。」
小者に頭を下げながら、嬉しげに逃げる小雀を追う静に向かって、やわらかく微笑む弥一郎はさりげなく静の嫌がる殺生を止めたのだった。
瀬良家当主亡き後、禄を失った瀬良家は郎党散り散りとなった。
家人共々、好きな弥一郎の行方も分からなくなったとき、お静は身も世もなく「弥一郎さまぁ・・・」と、名を呼び泣いた。
母の慰めも、耳に届かないほど泣き濡れた。
弥一郎を護る何の手立ても持たない我が身が恨めしく、恋人を無残にも無役に追い込んだ父を怨んだ。
やがて、12の年から早6年の歳月が過ぎ、匂うような娘盛りを迎えたお静はもうすぐ花嫁御寮となる。
誂えの嫁入り衣裳の数々を呉服屋に合わせにきたお静は、ふと店先で懐かしい横顔を見たような気がした。
「もしや・・・?」
まさかと思いながら、連れて来た腰元に先に店に入るようにと促した。
「弥一郎様!?」
聞き覚えのある声に、深編み笠の浪人らしき侍が、ほんの少し笠の縁をあげた。
一瞬の視線の絡みに、はっとしすぐに笠の中に顔を隠した浪人者に、武家娘は駆け寄ってきた。
「まあ・・・本当に?弥一郎様、お懐かしい。国許にお帰りになっていたのですね。わたくし、静でございます。」
「お静殿・・・」
別れた時より六年を重ね、驚くほど冴えた美貌の娘に眩しげに浪人は目を細めた。
より凛々しく、雄雄しくなった美貌の武士を眺める娘の視線も熱かった。
京人形の頭師が、面を写したいと言って拵えた対の人形は、今も密かにお静の宝物だったのだ。
「変わらぬな、静殿。間も無く婚礼の儀と聞き及んだ。」
清々しい笑顔を向けられお静の胸が、とくんと跳ねた。
「あなたさまこそ。静は、ずっとあなたさまに、お・・・逢いしたかった。弥一郎さま。」
はらはらと溢れた滴に驚いて、思わず弥一郎はお静の顔に見入った。
「・・・自分でも諦めが悪いと、承知しているのです。なれど、弥一郎様は静にお別れもせずに、突然にどこかに行ってしまわれたのですもの。あれから静の胸には、ぽかりと大きな孔があきました。」
顔を覗き込み、そっと大切に肩を抱くと弥一郎は涙を吸った。
「これから幸せになる花嫁御寮が、いかがした。涙は禁物じゃ・・・。お静どの、無役のわたしのことなど忘れてお終い。ね。」
見つめる静の濡れた瞳に、密やかに甘い恋情が宿っているのを弥一郎は見逃さなかった。
「弥一郎も、父さえ存命なれば、婚礼の席に・・美しいそなたの隣に、夫として座したかった・・・いや、女々しい未練よと、お笑いくだされ。」
元より引き裂かれたような二人、一気に熾き火に火がついたとしても無理はない。
お静は、弥一郎の手を取るといきなり大通りを行く空駕籠に押し込み、耳元に告げた。
「そのお姿はご城下では、目を引きます。向島に静のばあやが住んでいるのを、覚えていらっしゃいますか。」
「すぐに、すぐに・・・静も参ります。ですから、そこにいて。弥一郎さま。決してどこにも行ってはいや。」
焚き染めた娘らしい香に鼻をくすぐられ、覚悟を決めて頷いた弥一郎だった。
婚礼前の、かつての恋人は分かれたときと同じように天真爛漫に明るく、弥一郎は腹を括ったように見える。
だが、偶然の出会いのように見えて、今日の出会いは周到に計算されたものだった。
遠目に、笹目と月華がさりげなく様子を伺っていた。
ついと腕を伸ばして、お静の袂を引くと弥一郎は思いを込めて、口を吸った。
やっても~た・・・・、いつも兄弟のお話は、夜の8時50分に予約して上げていたのに、携帯で文章のお直ししたときにあげてしまったみたいです。
慌てて下げたらどうしたの~?って、ご心配いただいてしまいました。ごめんなさい。みんなfc2のせい(違うだろ?)・・・此花のせいです。Σ!(@△@;)←やらかしまくりですな。
可愛い「おにゃのこ」どうしてもお借りしたくてpioさまに、わがまま申しました。本当はお稚児さんの女装姿でしたのにすみません。快くお貸しいただきありがとうございます。幸せになるよう稚児犬の柄なのがちょっと切ないお話になりました。兄上は、初恋のお静さんとどうなるのでしょう。・・・いよいよ愛憎の惨劇の幕が切って下ろされます。・・・って、又自分でハードル上げてるって!頭に「うっすら」付けてください。「うっすら愛憎の惨劇」とか・・だめそう。 此花。
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こちらで使用させていただいている美麗挿絵(イラスト)は、BL観潮楼さま・秋企画参加のみのフリー絵です、それ以外の持ち出しは厳禁となっております。著作権は各絵師様に所属します。
(pioさま鼻血ぷぷっの美麗イラストお借りいたしました。ありがとうございました。きゅんきゅんの和風綺麗お子さま達です~~!時代物好きなので嬉しいです。
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