新しいパパができました・23
大切な思い出を語るように、詩鶴はおばあさんの話をした。
「いくら母親がいないからって、普通の生活に必要なことを、あなたは何も知らないのねってすごく驚いてたよ。だって、ぼく、一人でご飯を炊いたこともなかったから。」
「そういえば、オオアリクイのハンバーグ、笑えたね~。」
「泣いてもいいの・・・?」
「ごめん。冗談だって。」
おばあさんと暮らした短い思い出話を、詩鶴は本当に嬉々として語った。
和裁士として生計を立てていたおばあさんは、雑巾ひとつ縫ったことのない孫に運針から教えたのだそうだ。
俺は学校の生活の授業で習ったけど、勉強ばかりの詩鶴の学校では選択課目で、重要視されていなかったらしい。
だしのとり方、野菜の下ごしらえを教え、残った野菜のきれっぱしまで、こうして使うのよと金平を作り、ねぎは根っこをプランターに植えた。
きっとおばあさんは、詩鶴に一人で生きてゆく術を教えてやりたかったのだろうと思う。
早くに亡くなった、娘の代わりに。
洗濯機の使い方、雑巾の絞り方すらまともに知らなかった孫は、乾いたスポンジのようにあっという間にいろいろなことを出来るようになり、おばあさんを驚かせた。
まあ、元々進学校に通っているくらいだから、頭も良かったんだろうけど。
「毎日の積み重ねって、本当に大事なことだと思う。ぼくね、大体3ヶ月くらいで、一通りのことは出来るようになったんだよ。」
「ほつれがあったら、縫っとくってのもおばあさんに習ったのか?」
「うん。粗末なものを着るのは恥ずかしいことじゃない。だけど、破れた物に手をかけるのを怠るのは恥ずべきことだって。ほら、この雑巾もね、タオルの耳がほつれてたのをぼくが縫ったんだよ。」
小さな雑巾は、よく見ると不ぞろいな縫い目の手縫いだった。
「俺のダメージジーンズの孔も、その理由で見事に塞いだのか。」
「ジーンズ・・・?ああ、あれは、大変だったよ。だってね、いくつも横に糸が抜けているから、当て布するしかなくて・・・ん?」
詩鶴は俺がものすごく笑いたいのを我慢しているのに気が付いたみたいだ。
「今度から、もう少し丈夫なジーンズ買おうね、柾くん。パパが一緒にお買い物付き合ってあげるから。サン・ワーキングって言うお店があるんだけど、そこなら安くて丈夫・・・どうしたの?」
「ごめん・・・あははは・・・詩鶴、もうだめ・・・」
サン・ワーキングというのは、大工や鳶などの、作業着で働く人達の店だった。
俺は以前、父ちゃんの作業着を買いに付いてゆき、ウエストがゴムのジーンズに驚いたことがあった。
行きつけがサン・ワーキングというのも笑えるけど、詩鶴が色々間違っている理由がここにあった。
それで、やることなすこと、どこか年寄りくさかったのか・・・。
道理で、肉料理はだめだったけど、煮物が上手かったはずだ。
「おばあさんは、病気で?」
「ううん・・・一緒に暮らしているときから、少しずつ会話がかみ合わなくなって、長男夫婦が様子を見に来たときは痴呆症がかなり進んでいて、それもぼくのせいだって酷く罵られた。・・・誰だって、お母さんが・・・とりわけいつも着物できちんとしているような母親が認知症なんて、信じられないよね。」
「最後はね・・・おばあさまは施設で亡くなったんだよ。看護だけお願いしてほんの少しさせてもらった。だって・・・もう、ぼくには・・・おばあさましかいなかったんだもの。」
話によると、伯父から何とか逃れた詩鶴は母方の祖母の家に身を寄せて、しばらく暮らしていたものの、やがて祖母に痴呆が始まり共に暮らすことが不可能になったらしい。
母親の財産目当てで入り込んだわけではなく、本当に慕っているだけと知って、長男夫婦にやっと会わせてもらえるようになった。
痴呆症が進んだ祖母は、伯父さんのように詩鶴のことを「詩津」と呼び、詩鶴は「はい」と応えたそうだ。
伯父さんも詩鶴を詩津と母親の名前で呼んだ。
詩鶴には、本当の名前で呼んでくれる人が誰もいなかった。
**********************************
お読みいただきありがとうございます。
拍手もポチもありがとうございます。
ランキングに参加していますので、よろしくお願いします。
二重カウントを止めています。
これからは、しばらくキリ番も来ないと思いますので、次の100000HPが年内最後だと思います。
もし踏んだ方がいらっしゃいましたら、リクエストにお応えしたいと思いますので、お知らせください。
どうぞよろしくお願いします。 此花
う~ん・・・どうやら此花、いじめっ子みたいです~(´・ω・`)いまさら~。
予定では、後数話で終わるはずです。よろしく、お付き合いください。
「いくら母親がいないからって、普通の生活に必要なことを、あなたは何も知らないのねってすごく驚いてたよ。だって、ぼく、一人でご飯を炊いたこともなかったから。」
「そういえば、オオアリクイのハンバーグ、笑えたね~。」
「泣いてもいいの・・・?」
「ごめん。冗談だって。」
おばあさんと暮らした短い思い出話を、詩鶴は本当に嬉々として語った。
和裁士として生計を立てていたおばあさんは、雑巾ひとつ縫ったことのない孫に運針から教えたのだそうだ。
俺は学校の生活の授業で習ったけど、勉強ばかりの詩鶴の学校では選択課目で、重要視されていなかったらしい。
だしのとり方、野菜の下ごしらえを教え、残った野菜のきれっぱしまで、こうして使うのよと金平を作り、ねぎは根っこをプランターに植えた。
きっとおばあさんは、詩鶴に一人で生きてゆく術を教えてやりたかったのだろうと思う。
早くに亡くなった、娘の代わりに。
洗濯機の使い方、雑巾の絞り方すらまともに知らなかった孫は、乾いたスポンジのようにあっという間にいろいろなことを出来るようになり、おばあさんを驚かせた。
まあ、元々進学校に通っているくらいだから、頭も良かったんだろうけど。
「毎日の積み重ねって、本当に大事なことだと思う。ぼくね、大体3ヶ月くらいで、一通りのことは出来るようになったんだよ。」
「ほつれがあったら、縫っとくってのもおばあさんに習ったのか?」
「うん。粗末なものを着るのは恥ずかしいことじゃない。だけど、破れた物に手をかけるのを怠るのは恥ずべきことだって。ほら、この雑巾もね、タオルの耳がほつれてたのをぼくが縫ったんだよ。」
小さな雑巾は、よく見ると不ぞろいな縫い目の手縫いだった。
「俺のダメージジーンズの孔も、その理由で見事に塞いだのか。」
「ジーンズ・・・?ああ、あれは、大変だったよ。だってね、いくつも横に糸が抜けているから、当て布するしかなくて・・・ん?」
詩鶴は俺がものすごく笑いたいのを我慢しているのに気が付いたみたいだ。
「今度から、もう少し丈夫なジーンズ買おうね、柾くん。パパが一緒にお買い物付き合ってあげるから。サン・ワーキングって言うお店があるんだけど、そこなら安くて丈夫・・・どうしたの?」
「ごめん・・・あははは・・・詩鶴、もうだめ・・・」
サン・ワーキングというのは、大工や鳶などの、作業着で働く人達の店だった。
俺は以前、父ちゃんの作業着を買いに付いてゆき、ウエストがゴムのジーンズに驚いたことがあった。
行きつけがサン・ワーキングというのも笑えるけど、詩鶴が色々間違っている理由がここにあった。
それで、やることなすこと、どこか年寄りくさかったのか・・・。
道理で、肉料理はだめだったけど、煮物が上手かったはずだ。
「おばあさんは、病気で?」
「ううん・・・一緒に暮らしているときから、少しずつ会話がかみ合わなくなって、長男夫婦が様子を見に来たときは痴呆症がかなり進んでいて、それもぼくのせいだって酷く罵られた。・・・誰だって、お母さんが・・・とりわけいつも着物できちんとしているような母親が認知症なんて、信じられないよね。」
「最後はね・・・おばあさまは施設で亡くなったんだよ。看護だけお願いしてほんの少しさせてもらった。だって・・・もう、ぼくには・・・おばあさましかいなかったんだもの。」
話によると、伯父から何とか逃れた詩鶴は母方の祖母の家に身を寄せて、しばらく暮らしていたものの、やがて祖母に痴呆が始まり共に暮らすことが不可能になったらしい。
母親の財産目当てで入り込んだわけではなく、本当に慕っているだけと知って、長男夫婦にやっと会わせてもらえるようになった。
痴呆症が進んだ祖母は、伯父さんのように詩鶴のことを「詩津」と呼び、詩鶴は「はい」と応えたそうだ。
伯父さんも詩鶴を詩津と母親の名前で呼んだ。
詩鶴には、本当の名前で呼んでくれる人が誰もいなかった。
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二重カウントを止めています。
これからは、しばらくキリ番も来ないと思いますので、次の100000HPが年内最後だと思います。
もし踏んだ方がいらっしゃいましたら、リクエストにお応えしたいと思いますので、お知らせください。
どうぞよろしくお願いします。 此花
う~ん・・・どうやら此花、いじめっ子みたいです~(´・ω・`)いまさら~。
予定では、後数話で終わるはずです。よろしく、お付き合いください。
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