新しいパパができました・16
エレベーターは俺と白衣の男を吐き出し、特別室と書かれたプレートの向こうで何かを投げつけるような物音がしていた。
ドアが厚いせいで、何を言っているかはわからなかったけど、きっと詩鶴の声だ。
それは、直感だった。
思わず手をかけたが内側からしっかりと鍵がかかっているようで、俺はがんがんとドアを叩いた。
「詩鶴っ!」
途端に、物音と人の声が消えた。
「お父さん。入ります。」
白衣の男が声をかけると手馴れた仕草で鍵を開け、滑るように半身を室内に入れた。
生命維持装置の規則正しい機械音の横で、付き添いように置かれたベッドの上、詩鶴は母ちゃんの作りかけの人形のように顔を覆って、妙な格好で転がっていた。
室内の温度は快適に20度設定だったが、詩鶴が何故こんな格好でいるのか理解に苦しむ。
昨夜みたいに、発作が起きてしまったのだろうか。
覆いかぶさるようにしていた、詩鶴の伯父だと言う、見覚えのある柄の悪い男がシャツ一枚で傍らに憮然とした表情で立っていた。・・・どこか、病的な視線を彷徨わせていた。
「詩鶴・・・どうしたんだよ、具合悪くなったのか?」
「やぁ・・・、お父・・さん・・・見てる、や・・・」
泳ぐ視線を捉えて、俺はぱんと詩鶴の頬を張った。
「・・・あっ。」
「どうしたんだよ、詩鶴。ちゃんと俺を見ろよ。黙って、何で出てきたんだよ。あれほど居ろって言ったのに。」
真剣に俺は文句をいい、詩鶴はと言えばどこかぼうっとしたまま何度も何度も瞬きを繰り返した。
そして・・・俺の顔をまじまじと眺めた詩鶴の腕が、ふわりと俺の首に掻きついた。
「ま、さきくん・・・柾くん、泣いちゃだめ。」
「・・・?何言ってんだよ、泣いているのはおまえだろ?」
何がなんだかわからないけど、簡単に詩鶴に会えたのに安堵した俺は、その違和感のある状況を把握しようなんて、これっぽっちも思っていなかった。
「何だ?ぼうっとするのか?紙袋、母ちゃんがもってけって言うからあるぞ。コロッケの袋、要る?」
頷いた詩鶴は、使い古しの袋の中で一つ大きく深呼吸をすると顔を上げた。
「詩鶴、首のところ、何かに食われたのか?赤くなってる。」
余りに無神経すぎる俺の言葉に、詩鶴は一瞬びくっと身体を硬くした後、のろのろと立ち上がりきちんと衣類を身に着けると、もう一度俺の首に腕を回した。
この慣れない動作に俺の顔は、今や火を噴く寸前だ。
「帰って。」
「今、来たところだよ。まだ、何も話が終わっていないだろ。」
泣きそうなどころかもう泣いているくせに、詩鶴は毅然と言い放った。
「柾くん。パパには、まだお仕事があります。」
傍らで若い方が、パパって・・・と、ぷっと噴いた。
「詩鶴。いつ、こんなでかい息子が出来たんだ?」
詩鶴は返事をしなかったが、柄の悪いほうが背後から詩鶴を抱きすくめ名前を呼んだ。
「もう、逃げられんぞ、詩津。」
身をすくめた詩鶴が、俺に向けたぬれた顔を悲しそうに歪ませて目を伏せた。
俺は確信した。やっぱり、こいつは詩鶴の敵だ。
「お父さん。今日の理事会の懇親会、出席なさいますか?その後、会席だそうですが。」
「時間は?」
「10時半からです。」
「わかった。直ぐに行く。詩津、逃げようなどとは思わないことだな。俺にも我慢の限界があるぞ。」
髪をつかまれ強くがくがくと揺すられた詩鶴は、詩津と呼ばれることに慣れているようだった。
やっと放され、床に崩れ落ちた詩鶴の横を、靴音を立てて嵐のような男は退出する。
軽く会釈をしたが、きっとあいつの目には俺は映ってはいないだろう、「アウトオブ眼中」ってやつだ。
視線一つくれることなく、狂気の王は室外へとさり、そこに残されたのは俺と詩鶴と、若い医者と器械に繋がれ手自発呼吸すら出来なくなっている、詩鶴の父親だった。
******************************
いつもお読みいただきありがとうございます。
拍手もポチも、励みになっています。 此花
うわ~、時間がなくてあげてしまったら、うっかり誤字脱字~、 (´;ω;`)しっかりするなら、うっかりせんわ~・・・
時間との戦いになってます。
ドアが厚いせいで、何を言っているかはわからなかったけど、きっと詩鶴の声だ。
それは、直感だった。
思わず手をかけたが内側からしっかりと鍵がかかっているようで、俺はがんがんとドアを叩いた。
「詩鶴っ!」
途端に、物音と人の声が消えた。
「お父さん。入ります。」
白衣の男が声をかけると手馴れた仕草で鍵を開け、滑るように半身を室内に入れた。
生命維持装置の規則正しい機械音の横で、付き添いように置かれたベッドの上、詩鶴は母ちゃんの作りかけの人形のように顔を覆って、妙な格好で転がっていた。
室内の温度は快適に20度設定だったが、詩鶴が何故こんな格好でいるのか理解に苦しむ。
昨夜みたいに、発作が起きてしまったのだろうか。
覆いかぶさるようにしていた、詩鶴の伯父だと言う、見覚えのある柄の悪い男がシャツ一枚で傍らに憮然とした表情で立っていた。・・・どこか、病的な視線を彷徨わせていた。
「詩鶴・・・どうしたんだよ、具合悪くなったのか?」
「やぁ・・・、お父・・さん・・・見てる、や・・・」
泳ぐ視線を捉えて、俺はぱんと詩鶴の頬を張った。
「・・・あっ。」
「どうしたんだよ、詩鶴。ちゃんと俺を見ろよ。黙って、何で出てきたんだよ。あれほど居ろって言ったのに。」
真剣に俺は文句をいい、詩鶴はと言えばどこかぼうっとしたまま何度も何度も瞬きを繰り返した。
そして・・・俺の顔をまじまじと眺めた詩鶴の腕が、ふわりと俺の首に掻きついた。
「ま、さきくん・・・柾くん、泣いちゃだめ。」
「・・・?何言ってんだよ、泣いているのはおまえだろ?」
何がなんだかわからないけど、簡単に詩鶴に会えたのに安堵した俺は、その違和感のある状況を把握しようなんて、これっぽっちも思っていなかった。
「何だ?ぼうっとするのか?紙袋、母ちゃんがもってけって言うからあるぞ。コロッケの袋、要る?」
頷いた詩鶴は、使い古しの袋の中で一つ大きく深呼吸をすると顔を上げた。
「詩鶴、首のところ、何かに食われたのか?赤くなってる。」
余りに無神経すぎる俺の言葉に、詩鶴は一瞬びくっと身体を硬くした後、のろのろと立ち上がりきちんと衣類を身に着けると、もう一度俺の首に腕を回した。
この慣れない動作に俺の顔は、今や火を噴く寸前だ。
「帰って。」
「今、来たところだよ。まだ、何も話が終わっていないだろ。」
泣きそうなどころかもう泣いているくせに、詩鶴は毅然と言い放った。
「柾くん。パパには、まだお仕事があります。」
傍らで若い方が、パパって・・・と、ぷっと噴いた。
「詩鶴。いつ、こんなでかい息子が出来たんだ?」
詩鶴は返事をしなかったが、柄の悪いほうが背後から詩鶴を抱きすくめ名前を呼んだ。
「もう、逃げられんぞ、詩津。」
身をすくめた詩鶴が、俺に向けたぬれた顔を悲しそうに歪ませて目を伏せた。
俺は確信した。やっぱり、こいつは詩鶴の敵だ。
「お父さん。今日の理事会の懇親会、出席なさいますか?その後、会席だそうですが。」
「時間は?」
「10時半からです。」
「わかった。直ぐに行く。詩津、逃げようなどとは思わないことだな。俺にも我慢の限界があるぞ。」
髪をつかまれ強くがくがくと揺すられた詩鶴は、詩津と呼ばれることに慣れているようだった。
やっと放され、床に崩れ落ちた詩鶴の横を、靴音を立てて嵐のような男は退出する。
軽く会釈をしたが、きっとあいつの目には俺は映ってはいないだろう、「アウトオブ眼中」ってやつだ。
視線一つくれることなく、狂気の王は室外へとさり、そこに残されたのは俺と詩鶴と、若い医者と器械に繋がれ手自発呼吸すら出来なくなっている、詩鶴の父親だった。
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